光景
「おっ、もしかして出来たのか。それが出来たらすぐテレポーション出来るよ」
夢でも見ているかの様だった。
頭には重みが加わっている。
じわじわと脳内に現れて消えていった、民家の光景。
画面上のものと同じだったが、通行人が横切り、近くの草木が揺れていた。
「びっくりしたろ? 初めての時はびっくりするよな。遠くテレポーションしようとすると、その場所の光景が浮かぶわけよ。千里眼みたいだろ?」
テレポーションを極めると、あんな事が出来るのか。
いよいよ、漫画がSF映画の様だ。
「だから、まずはそれが出来る練習だな」
そう言った師匠は、咥えた煙草にジッポーライターで火を点けた。
やたらと大きな音を立て、やたらとカッコ付けた動作に見える。
「まぁ、慣れてくると、首の動きと一緒に頭ん中の映像も角度が変わるわけよ。プレステⅤRみたいだろ?」
プレステに限らなくていいだろ。
「じゃあ、やってみ」
師匠はそう言うと、煙草を吹かす。
引き続き、画面上の民家を凝視し続けると、再び脳内に同様の光景が浮かんだ。
だが、またしてもそれはすぐに消えていった。
「まぁ、最初はすぐに消えるけど、その内、慣れるよ」
画面上の民家を凝視する。
じわじわと同様の光景が脳内に浮かび、すぐに消えていく。
それが、小一時間続いた。
「よし、休憩しよう。人間の集中力って何十分かが限界らしいからな」
〝何十分か〟って、十の位によって大分変ってくるだろ。
「おっ、可愛いじゃんっ!」
スマホを持ってあぐらをかいた師匠は、三本目を吹かしながら言った。
やはり、マッチングアプリが気になっていたらしい。
師匠は画面に釘付けで、次々とリアクションしていく。
「うわ、ブスじゃん」
女なら誰でもいいかと思いきや、そういうパターンもあるらしい。
師匠は次々と〝合格っ! 〟、〝採用っ!〟などと大声を出す。
それ等の定義はどう違うのかは不明だが、マッチングアプリ上での女を査定しているらしい。
五、六回に一回の頻度で〝不合格っ!〟、〝不採用っ!〟が現れるその時間が十分程度続くと師匠は、「よし、再開すっか」と、立ち上がった。
意外にも減り張りをちゃんとしているらしい。
〝師匠〟という肩書きが彼を更生させたのだろうか。
釣井は、その目的もあって彼を師匠に起用したのかもしれない。
「はい、次こそ出来る」
師匠は僕にさっきと同じ民家の画像を見せる。
「リラックスね。リラァーックス」
息を吐く。
脳内に、民家の光景が現れた。
数秒間残ったそれは、じわじわと消えていった。
「いいねぇ。今、出来たっっしょ? その感覚忘れんなよ」
再び画面を凝視すると、同様にじわじわと光景が現れる。
それが何度も繰り返される。
心なしか、光景が現れるのに要する時間が短くなっている気がする。
「よし、そこまでっ! 昼にしよう」
いや、早過ぎるだろ。
そう思ったが、時刻は十一時五十分だった事に驚いた。
相当、集中していたらしい。
すると、思い出したかの様に、疲労が体を覆っていった。




