通知
「ちなみにこの家はあっちの、十キロぐらい離れたところにある」
師匠は遠くを指差した。
「じゃあ、やってみ」
画面上の民家を凝視する。
「で、一キロ以上離れた場所にテレポーテーションしようとすると——」
その時、師匠のスマホにLINEが届いた。
〝ありさ@新米保育士様からのメッセージ〟という通知。
「おっ、お誘い来た。ちょっと失礼」
師匠はスマホを僕の手から取り、それを弄る。
集中がリセットされてしまった。
「おっ、すげぇ可愛いじゃんっ! 保育士ってそそられんなぁ!」
マッチングアプリだろうか。
「あっ、ポイント足りねぇ。あとで返信すっか」
師匠はスマホを再び僕に渡した。
集中し直して間もなく、再びLINEが来た。
〝さおり@ママ活OK様からのメッセージ〟という通知。
またか……。
「おっ、どれどれ」
またぞろ、集中がリセットされた。
「へぇー、四十歳には見えねぇなっ! すげぇ美人じゃんっ! 奇跡のアラフォーじゃんっ! 美魔女じゃんっ! 会いてぇなっ!」
師匠はそれから、「ほら、見てみっ!」と、僕にその画面を見せる。
「あっ、はい……」
相手にする面倒さと、集中を妨げられている事に対する苛立ちを覚える。
「ママ活って最高過ぎるシステムだよなっ! 一石二鳥過ぎじゃねっ!」
満足するまではしゃいだらしい師匠にスマホを渡され、改めて、画面に集中する。
すると、またぞろLINEが届いた。
〝ちか@恋愛未経験ナース様からのメッセージ〟という文字。
さっきの二人とは違うアプリらしい事がアイコンで分かった。
「ん? ナース? ちょっと待って」
「いや、ちょっ……」
師匠は、僕から取り上げたスマホの画面にはしゃぐ。
「もう、通知切って下さい」
「おう、ごめんごめん」
師匠が操作したスマホを受け取る。
すんなりと応じてくれるのは少しに意外に感じた。
画面上の民家を凝視する。
集中。集中。
数分、画面に集中していると、LINEが来た。
通知オフにしていなかったのか。
〝ありさ@新米保育士様からのメッセージ〟という文字。
今までとは違うマッチングアプリらしい事がアイコンで分かった。
「おっ、さっきの娘じゃん。この娘も掛け持ちしてんのか。てか、ごめん。こっちも通知オフるわ」
集中し直すと、すぐに別のマッチングアプリからの通知が来る。
それが、再三再四繰り返された。
「ちょっと待って。全部の通知オフるわ」
師匠はスマホを操作する。
「LINEの通知をオフにすればいいじゃないですか」
「そうかっ! その手があったかっ! 一個一個オフんないでLINE全体をオフればいいのかっ!」
その発想がなかったのか。
「よし、これで完全にオフったぞ」
師匠は操作したスマホを僕に渡した。
「集中集中っ!」
さっきからお前が妨げてんだろ。
そう思いながら、気を取り直す。
「あっ、そうだ。遠くの場所にテレポーテーションしようとすると——」
「うわっ!」
気付くと僕は、尻餅を着いていた。
今のは、一体……。




