狩猟
「どうですか、師匠。今日の修行は」
事務室に戻ると、釣井はアロエヨーグルトの蓋を開けながら渡仲に訊いた。
「絶好調よ、絶好調。周りのビルにぴょんぴょんぴょん、テレポーションしまくってたもん」
「嘘っ! もうその段階なのっ?」
「おうっ! テレポーテーションした後もあんま疲れなくなったみたいだしな」
「それは将来有望ですね。まぁ、無理はしない程度に」
そう言ってヤクルトに口をつける参田に返事をする。
「あっ、返事来た」
お湯を注いだカップラーメンを自分のデスクに置いた渡仲はスマホを持って言った。
「また女でしょ」
「もちろん」
「何が〝もちろん〟よ。バーで〝あちらのお客様からです〟ってやつで捕まえた女じゃないでしょうね」
「そんな事しねぇよ。てか、してたら何なんだよ」
「アタシ、あれやる人は酒と自分に酔ってる説を唱えてんの」
「まぁ、確かに。俺はあんな卑怯な真似しねぇよ」
「強いから酒には酔わないもんね。酒には」
「自分には酔ってるって言いてぇのかよ」
「酔ってるじゃん。べろべろじゃん」
釣井にそう言われた渡仲はげらげらと笑う。
「やってないでしょうね、そんな事」
「俺はあんな卑怯な真似はしねぇ」
「あれって卑怯なんだ」
「ちゃんとマッチングアプリでマッチングした娘」
「マッチングアプリってちゃんとしてるの?」
「ちゃんとしてるだろ。真っ向勝負だよ、俺は。酒で女を釣ったりはしねぇ」
「あれ、釣ってる訳じゃないでしょ。ただのきっかけ作りでしょ」
「どっちにしろ俺にきっかけなんかいらねぇよ」
「うわ、カッコ付けモードに入った」
「正々堂々とマッチングアプリで仕留める」
「〝仕留める〟って……。ハンターかよ」
「だってハントだろ、恋は」
渡仲はカップラーメンの蓋を開け、割り箸でかき回す。
「名言っぽく言ってるけど全然名言じゃないからね」
「恋は狩りだぞ、マジで」
「同じ意味でしょ。和訳したら刺さるとかないから。てか、バーであれやる人は正々堂々としてない訳じゃないでしょ」
「あんなの姑息だろ」
渡仲は勢い良く麺を啜る。
「姑息じゃないでしょ、別に」
「姑息中の姑息だろ。反則だろ。一発レッドカードだろ」
「よく分からん」
呆れてそう言った釣井は、椅子に凭れながら両腕を後ろに伸ばす。
「おっ! この娘も可愛いじゃんっ!」
麺を咀嚼しながらスマホを持った渡仲がはしゃぐ。
「あんたさぁ、どんだけ出会い系やったら気が済む気?」
「〝出会い系〟って……。ババアかよ。〝マッチングアプリ〟だろ、今は」
「どっちにしろ、もうやめなよ」
「何でだよ。別に違法じゃねぇだろ。〝マッチングアプリはやり過ぎは駄目です法〟でもあんのかよ」
「〝マッチングアプリ取締法〟とかでしょ、あるとしたら。てか、合法なら何でも許される訳じゃないでしょ」
「合法なら何でも許されるだろ」
「じゃあ不倫してもいいの?」
「それとこれとは話が別だろ」
「別じゃないでしょ、例えばの話」
「まぁ、不倫はそりぁ……」
「マッチングアプリのやり過ぎも駄目。何でもやり過ぎは駄目。先生からも言ってやって」
「私?」
眼鏡をずらしながら新聞を広げていた参田は、拍子抜けする自分の顔を差す。
「まぁ、程々にね」
「ほーい」




