陳謝
「よし、休憩すっか」
周囲のビルを一周し、道場に戻ると、師匠はあぐらをかいた。
テレポーテーションに要する時間が少しずつ減ってきた上に、今まで程の疲労はない様に思える。
能力が上がってきているらしい。
「可愛かったなぁ、ちゃんまやとちぃちゃん」
合コンをしたあの二人の事か。
「また会いてぇなぁ」
師匠は空を見上げながら呟いた。
「声掛けていいと思う?」
「もう、無理、じゃないですかね」
「そう言うなよ」
お前が訊いたんだろ。
「〝また吞みに行かない?〟って連絡してみる?」
「いや、それは絶対にやめた方がいいです。そんな何事もなかったかの様に誘うのは駄目です」
「〝呑みに行くぞ〟ぐらい強引の方がいいのか」
「いや、言い方の問題じゃないし、もっと駄目ですから」
「男は多少強引な方がいいだろ」
「仮にそうだとしても絶対に今は違います」
「とりあえず、〝気温が上がって夏が近付いてきましたね〟とかがいいのか」
「どういう事ですか。全然関係ないじゃないですか」
「校長とかの話って大体、天気とか季節の話から始まるだろ」
「いや、この場合は絶対違います。いきなり本題にいくべきです。絶対に」
「じゃあとりあえず、お疲れ様でしたスタンプでも送るか」
「それ、何に対する労いなんですか」
「大好きスタンプとかは? 別にもう怒ってないよアピールの意味で」
「いや、一番訳分かんないですから。あんな事があったのに突然、何事もなかったかの様に大好きとか言われたら怖いじゃないですか。まずは謝らないと」
「そうか、ごめんねスタンプか」
「いや、スタンプで済むレベルじゃないと思います」
「うーん……、そうか……、そうだよな……。普通に謝るか」
当たり前だろ。やっとそこに行き着いたか。
「んー、何て打とうかな」
あんなトリッキーな理由で取り乱して退席した上に、しばらくその詫びを放置していた故、謝ったところでまた吞みに行く関係性に戻るのはまず不可能だろう。
〝ドン引き〟のお手本の様な二人の表情を思い出す。
スマホの画面を睨みながら頭を抱える師匠は、何度も文字を打ち直しているらしい。
「よし、文章、こんな感じでいいかな」
師匠はグラビアアイドルのビキニ姿を背景に設定しているらしいLINEのトーク画面を僕に見せた。
〝この度は、私の軽率な言動で不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。この件につきましては、全て、私も至らなさ、未熟さが招いた結果であり、深く反省しております。改めて、大変。申し訳ございませんでした。〟という文章。
極端な奴だな。
「送信っと。次はちぃちゃんに」
師匠再び文字を打ち、「よし、出来た」と、その画面を僕に見せた。
文章をコピーして貼り付けるのではなく、わざわざ再度打つという妙な真面目さがあるらしい。
「で、送信っと」
師匠はそれからスマホの画面を睨み続ける。
「んー、既読付かないねぇ」
あんな事があった故、二人共、彼をブロックしている可能性が高い。僕なら絶対にしている。
「ちぃちゃんも既読付かないなぁ。もしかして二人共ブロックしてんのかな」
やはり、察したか。
「畜生……、ブロックかよ、畜生……」
悔しがるのが早いな。
「それならせめてハイタッチぐらいしとけば良かったわ。法に触れずに女に触れられる唯一の方法だからな、ハイタッチって」と、真面目かどうかよく分からない発言をした師匠はそれから、「そうだっ! マッチングアプリ見てみっかっ!」と、スマホを弄りだす。
「おっ! 可愛い娘とマッチング出来たっ! おっ! この娘もいいぞっ!」
切り替えが早いな。




