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ホーリー☆ナイト! ー新人サンタクロースの奮闘記ー  作者: 走井 響記 (Hashii Hibiki)
修行編
59/85

面倒

 「あら、汰駆郎君、顔色がちょい悪じゃん。大丈夫?」

事務室に戻り、自分の席で深い息を吐いた時、隣で僕の顔を覗き込んだ釣井に、「大丈夫です」と返す。


 「ちょっと無理させ過ぎたんじゃないですか、師匠」

 「そんな事ねぇよ」

 「慣れるまでは大変だと思いますけど、無理はなさらないで下さいね。安全第一で」

野菜ジュースの紙パックを畳む参田に返事をした時、ふと目線が合った渡仲が僕に向かって数回、ばちばちとウィンクをして見せた。

あの話をしろという事か。

面倒臭いな。


 何故、そんなに株を上げたいのだろう。

仮に上がったら何なのだろう。


 面倒臭い。

パソコンの画面に視線をずらすと、渡仲はわざとらしく大きな咳払いをした。

それから、早く話せと言う様に顎をしゃくる。


 面倒臭い。

修行が終わった直後の疲労も相まって尚更面倒臭い。

今じゃなきゃ駄目なのだろうか。


 ……ったく。

小さく息を吐く。


 「あの」

釣井は「ん?」と、話し出した僕の方を向く。


 「さっき空中にテレポーテーションしてしまってかなり高い位置だったのでこのまま落ちて死んでしまうと思ったんですけど渡仲さんが助けてくれたんです」

終わった。やっと言い終わった。

早く任務を遂行してしまいたい思いが強いあまり、無意識に捲し立ててしまった。


 「馬鹿野郎っ! 言わなくていいっつのっ!」

渡仲は、大阪のおばちゃんを彷彿とさせる様に手を僕に向かって大きく扇いだ。

お前が言わせたんだろ。

助けてくれたのはありがたいが、鬱陶しい。


 「あら、そんな事があったんですか。大丈夫でしたか。怪我はなかったですか」

目を丸くする参田に、「大丈夫です」と返す。


 「そんな、言わなくていいっつんだよ、俺が命救った事なんてぇ!」

もう言ってねぇよ。


 「弟子を助けるなんて当たり前だろうよっ! 言わなくていいっつのっ!」

一回しか言ってねぇよ。

でれでれした表情を浮かべる渡仲に嫌気が差す。


 「今日からレベルアップって事で色んなビルとかマンションの屋上にテレポーテーションしていく修行をしててさ、汰駆郎が空中にテレポーテーションしちゃったわけよっ! 屋上の真横だぜっ! そのまま落ちてたら完全に即死だったかんなっ! ヤバいと思って俺も空中にテレポーテーションして、汰駆郎を掴まえて地上にテレポーテーションしたわけっ!」

我慢出来なくて自分で補足してるじゃないか。


 「もう俺、命の恩人よっ!」

渡仲は鼻の下を人差し指で擦る。

漫画で目にするこの動作を実際に行う人間が、まさか存在していたとは。


 「汰駆郎君、〝言え〟って言われたんでしょ、この男に」

釣井は僕の顔を覗きながら言った。

完全にお見通しだ。



 「なんで分かっ……、ちげぇよっ!」

 「ほぼ白状してんじゃん。軌道修正しても遅いから」

釣井がそう言うと、参田は、ほっほっほと、微笑む。


 「言わせてねぇよ。な、汰駆郎君?」

 「え、あ、はい」

 「正直に言ってごらん、汰駆郎君。〝俺が助けた事、二人に言えよ〟って言われたんでしょ? てか、そもそも作り話って可能性あるなぁ」

 「いや、それはねぇよ」


 「〝それは〟って事はやっぱ言わせたんじゃん」

 「なんでそうなんだよ。汰駆郎発信だよ」

 「言わせたんでしょ。言わされたんだよね、汰駆郎君」

 「訊かなくていいっ! 訊くな、汰駆郎に」


 「もう黒じゃん、完全に。漆黒じゃん」

 「白だろ。純白だろ。てか、言わせてたら悪いのかよ」

 「重罪よ、重罪。言わせたんでしょ」

 「言わせてねぇし、重罪じゃねぇし」


 「白状しなさい、いい加減」

 「言わせてねぇよ、しつけぇな」

 「嘘下手だね、昔から」

 「下手じゃねぇよ」


 「そこを否定するって事はやっぱ嘘なんじゃん。どうせ助けた事自体、嘘なんでしょ」

 「嘘じゃねぇよ。嘘は下手じゃねぇけど、嘘じゃねぇよ。ホントに助けたんだよっ!」

 「耳赤いよ。知ってる? あんた、嘘つくと耳赤くなるんだよ?」

 「そんな性質ねぇしっ! 赤くねぇしっ! 嘘じゃねぇしっ! 言わせてねぇしっ!」


 渡仲は、机の上にいつも置かれたまま使われているのを見た事がないボールペンを、尖らせた口の上に挟み、後ろ手を組んだ。

褒められる想定が実現せず、ふてくされているれしい。


 何故、そんなにちやほやされたいのだろう。

釣井に対してもモテたいのだろうか。

いや、合コンの際のでれでれした口調や表情が彼女に対しては一切なく、幼少期から知っているらしい故なのか、女扱いをしていない様に見える。

虐待を受けていた彼は、他者からの評価に飢えているのかもしれない。

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