屋上
「今日から、レベルアップといきましょうか」
屋上に着くと、師匠は仁王立ちの姿勢で言った。
「弟子である君には、道場であるこの屋上を離れて、何十メートルも何百メートルも遠くの場所にテレポーテーションしてもらいます」
〝弟子〟、〝道場〟というお気に入りらしいワードの使い方がわざとらしい。
「じゃあまず、ここに来てぇ!」
隣に建つビルの屋上にテレポーテーションした師匠は、大きく両手を振る。
「くれぐれも落ちんじゃねぇぞっ! あと、通行人とかに見られんじゃねぇぞっ!」
師匠の方を凝視し、集中する。
体は、柵の数メートル手前で落ちた。
会社の屋上のままらしい。
「大丈夫っ! 集中集中っ! こっちに飛び乗る感じをイメージしてっ!」
息を吐く。
「ちょいちょいちょいっ! そこ違うっ!」
後ろを振り向くと、師匠がいるビルは斜向かいだった。
また失敗か。
師匠を凝視し、集中する。
体が、すとんと落ちた。
「オッケー! クリアッ!」
数メートル先で親指を立てた師匠は、再び自分の姿をぱっと消えた。
「次ぃ!」
次の指定先は三つ隣らしい。
「一個ずつ進んでいくと思ったろ? 早速飛ばしたぞっ! はい、やってみようっ!」
手を振る師匠を凝視する。
息を吐く。
恐らく、一分が経った。
「大丈夫っ! 集中っ!」
恐らく、二分が経った。
息を吐く。
体が師匠の数十メートル先で、すとんと 落ちた。
「クリアァ!」
ようやく、テレポーテーションが出来た。
距離が遠いとその分、所要時間が長くなるらしい。
「よし、次ぃ!」
それから、師匠を鬼ごっこの様に次々と追跡していく事になった。
「次、ここっ!」
時折、相場より時間を要したり、違う場所にテレポーテーションしながら、師匠を追っていく。
「よし、じゃあ次、あの上、行ってみようか」
師匠は前方にそびえる高層ビルの屋上を指差した。
「先行ってるぞっ!」
姿をぱっと消し、少ししてマンションの屋上から顔を出した師匠が、大きく両手を振る。
「集中っ! 集中集中ぅ!」
息を吐く。
「集中だぞっ! 集中集中ぅ!」
うるさいな……。
「しゅっ! うぅ! ちゅうっ! しゅっ! うぅ! ちゅうっ!」
集中出来ない……。
「頑張れぇ! 焦んなぁ!」
お前が焦らせてんだろ。
「大丈夫っ! 落ち着いてぇ!」
お前が落ち着いてほしい。
五分が経っただろうか。
息を吐く。
体が、すとんと落ちた。
「おっ、消えた。どこ行った?」
足元を見下ろすと、師匠は後ろを振り返り、きょろきょろしている。
「あっ、いたっ! そんなところにっ! じゃあ、テレポーテーションで着陸しようか」
塔屋の上に立つ僕は見付けた師匠は、次の指令を出した。
息を吐く。
少し頭が重くなってきた気がする。
「油断は禁物だぞー!」
地面にテレポーテーションした師匠は、僕を見上げながら手を振る。
一分。二分。三分。
足が体を支えている感覚を失った。
アスファルトが近付く。
屋上のほぼ真横にテレポーテーションしてしまったらしい体が、冷たく強い風に覆われていく。
マズい。
テレポーテーションし直さなくては。
駄目だ……。
時間が掛かる……。
「おっと、マズい」
突然、目の前に現れた師匠は空中で僕の両腕を掴んだ。
そして、直後に二人で着地した。
「ああ! 危ねぇ! 死ぬかと思ったぁ!」
師匠は尻餅を着いた。
絶対に僕の方が死ぬかと思っていたと思う。
何故、助けた側が腰を抜かすのだろう。
「大丈夫ですか」
声を掛けると師匠は、「おう、まぁな」と、直前の言動をなかった事にするかの様に、カッコ付けた表情で立ち上がった。
「ありがとうございました。助けて頂いて」
「おう、お前、俺に命救われたな。感謝しろよ」
お礼言ったじゃねぇか。
「言いふらせよ、今の話」
「あっ、はい」
テレポーテーションの事は口外してはいけない故、あの二人に言えという事なのだろうか。
「丁度昼だな。テレポーテーションで道場に戻って、今日の修行は終わりっ!」
師匠はやたらとゴツい腕時計を見て言った。
道場を思い浮かべる。
頭が重い。
息苦しい。
「ああ、いいよいいよ。無理すんな。顔色がちょい悪になってきてるぞ」
肩に手を置かれると、二人で道場に着地した。
触れられた状態だと、自分もテレポーテーションが出来るらしい。
「まぁ、慣れるまではそんな感じだ。戻ったら休めよ」
師匠は僕の腕を肩に回しながら言った。
「さっきの、言いふらせよ」
どんだけ言ってほしいんだよ。
いつも自分の武勇伝を肩ってるくせに。




