逆鱗
数時間に感じた〝たけのこニョッキ〟がようやく終焉を迎えた後、「ところで、二人は何やってんの?」
そんな初歩的な質問をこのタイミングでするとは、やはり陽キャの生態はよく分からない。
「サラリーマンだよ、サラリーマン。敏腕のね」
渡仲は答えた。〝サンタクロース〟と言えば、女は信じないにしてもウケそうだが、ちゃんと嘘をつくらしい。
「へぇー、同じ会社で働いてるの?」
「うん、同僚。仕事仲間」
「お兄さんも二十五なの?」
そう訊かれ、年齢を言いたくない人の気持ちが分かった。
「三十、です」
僕の年齢を知っている渡仲の前でサバを読むのは気恥ずかしいため、渋々、答えた。
「あっ、どおりで大人っぽいと思ったぁ」
「ねっ」
取ってつけた様な返しだ。
「あっ、時計壊れてたぁ」
ちはると名乗った女は、ピンクのベルトがついた自分の腕時計の真っ暗な画面を見て言った。
「それ、中学生の時から使ってるって言ってなかったっけ?」
「そうそう、もう十年ぐらい使ってるね」
「この娘、小学生の妹から腕時計奪って十年ぐらいずっと使ってたの。サイコパスだよね」
まやと名乗った女が、にやりと笑みを浮かべながら言った。
「だって、二つも貰ったんだよ? これとシルバニアファミリー。アタシの時は一個だったのにっ! これだって結構ちゃんと高そうだし。もうさ、ムカついたし、可愛いし、妹にこんな高そうなの似合わないから、アタシが貰う事にしたの」
「あっはっ! ジャイアン過ぎっ!」
「妹から奪ったぁ?」
渡仲が口を開いた。
「そう、パパとママに問い詰めても〝時計は知らない〟って白を切るし。未だに認めないんだよ? ひどくない?」
「ひどいのはお前だろ」
渡仲は突然、低い声を出すと、ぐびっとハイボールを吞み干し、そのジョッキを勢い良くテーブルに置いた。
二人の女は、「えっ……」と、目を見開く。
「お前、サンタクロースの苦労考えた事あんのかよっ!」
「はっ……?」
「サンタクロースだってなっ! 出来るだけ沢山の子供にプレゼントしてぇんだよっ! 全国の子供にプレゼントするのってな、ホント、大変なんだよっ! その時計はなっ! お前の妹が喜ぶプレゼントをせっかく考えて用意したんたぞっ! それを奪うなんてなっ! サンタクロースへの冒涜だぞっ! 冒涜っ! そんな事する様な奴がプレゼントくれると思ってんじゃねぇよっ! ざけんなっ!」
渡仲は拳を勢い良くテーブルに振り落として立ち上がると、「って、サンタクロースがもしいたら言うだろうなっ!」と付け足し、店を出た。
「すいません……」
財布から取り出した一万円札をテーブルに置きながら一礼し、渡仲を追う。
「何あれ……」
「やば……」
背後からの引き攣った声の元を離れ、店を出る。
辺りを見渡しながら探し回るが、渡仲は見当たらなかった。
テレポーテーションしたらしい。
まさか、こんな事になるとは。
あまりにも意外な展開に、頭が真っ白だ。




