突然
「うわ、びっくりしたぁ!」
渡仲が突然大声で出し、驚きが伝染した。
「〝びっくりしたぁ〟じゃないつうのっ! ほら、やっぱりっ! そんな事だろうと思ったっ!」
釣井が来たらしい。
そうか、彼女もテレポーテーションが出来るのか。
「あんた、いつまで落ち込んでのさっ! 馬鹿じゃないの? 女優と結婚出来ると思ってたの? フラれたんならまだしも、会った事もないのに何でそんなに消沈出来るわけ? 今は汰駆郎君の修行中なんだからちゃんと指導してっ! これじゃあ、修行じゃなくて自習じゃないっ!」
釣井に怒号を浴びせられた渡仲は、ぶつくさと文句を吐くながら立ち上がった。
「じゃあ、アタシはこれで」
釣井は忍者のポーズをしながらテレポーテーションで消えた。
その直後、渡仲は溜め息をつきながら再び座り込んだ。
「ねえねえ、せっかくだからさ、汰駆郎君のテレポ……、って、おいっ! アタシがいなくなった途端にサボり再開すんなっ!」
すぐにテレポーテーションで再び現れた釣井は渡仲に喝を入れた。
それから、彼女の要望でテレポーテーションを見せる事になった。
バンダナをつけ、深呼吸をする。
「おっ、もう目隠しでイケる感じ?」
一分程経ち、体がすとんと落ちた。
「おー! すごーい! 出来たー!」
釣井は勢い良く拍手する。
それから、見られる人が一人増えただけで体が緊張しているのか、普段より若干時間を要しながらテレポーテーションしていく。
成功する度に拍手と歓声を浴び、一番奥のフラフープに着いた。
「すごいね、汰駆郎君っ! 伸びるの早いじゃんっ!」
「師匠がいいからな」
「はいはい。あんた、ちゃんと指導してあげてよ。じゃあ、アタシはこれで」
釣井は再び忍者のポーズをしながら、ぱっと消えた。
それから師匠は未だに心の傷が癒えないながらも少しは反省したのか、〝頑張れ〟やら〝集中集中〟やら、無感情で無意味な助言をする様になった。
お前が頑張れ。
お前が集中しろ。
苛立ちを飲み込みながら、フラフープを往復した。
「よし、昼だしこの辺にすっか」
終わりの号令でやっと師匠らしく仕切ったこの男に、再び苛立ちを覚えた。
「いやぁ、ホント、びっくりぃ。まさに美女と野獣だよね」
釣井はメロンパンを頬張りながら言った。
「噂とか一切なかったのホントすごくない? マスコミの目を潜り抜けてこっそり恋愛するの大変だったろうなぁ。カッコいいよね、一切バレなかったの。アタシ、前にテレビで芸能人の誰かが言ってんの観たんだけど、男女三人で歩いてたのにその内の一人を切り取られて熱愛の記事が出たりするんだって。大変だよね、芸能人って」
「大丈夫かい、唯武樹君」
デスクに突っ伏したままの渡仲に参田は声を掛けるが、返事はない。
「お昼食べたら?」
「いいよ、先生。ほっとこう」
釣井は参田にそう言うと、アロエヨーグルトの蓋を開けた。




