悲壮
「はい、フラフープ並べたらこれつけて」
師匠はバンダナを僕に渡しながらぼそっとした声でそう言うと、怠そうに腰を落とし、そのままフェンスに凭れた。
どうやら深刻な冴島真梨亜ロスらしい。
何度も、深い溜め息をつく。
分かりやすく意気消沈している。
何も言わないまま、フェンス越しの空を見上げている。
全く指導する気配がない。
仕方ない。始めるか。
目を覆ったバンダナを縛り、一番手前のフラフープを思い浮かべる。
十数秒、深呼吸すると体がすとんと落ちた。
バンダナをずらすと、ちゃんとフラフープの中にいた。
師匠は相変わらず溜め息をつきながら上の空だ。
最早、修行ではなく自習だ。
バンダナをつけ直す。
深呼吸し、二つ目のフラフープを思い浮かべる。
十数秒後、すとんと落ちた体はやはりフラフープの中だった事を確認した時、フェンスに向かって横になっている師匠の背中は視界に入り、苛立ちを覚える。
どうせ何も指導しないのなら事務室に戻って仕事すればいいじゃないか。
修行にかこつけてサボりやがって。
気を取り直して再びバンダナをつけ、フラフープを思い浮かべる。
数十秒が経った。
バンダナをずらすと、体はフラフープの中だった。
コツを掴んできたらしい。
師匠は上体を起こし、雲を見上げていた。
目隠ししている人間に瞬間移動の成功を知らせる事さえ怠っているこの男に苛立ちを覚える。
再びバンダナをつけ、フラフープを思い浮かべる。
すとんと、体が落ちた。
確認すると、体は三つ目のフラフープの中だった。
数センチ上に移動し、そのまま落下しただけらしい。
「ちくしょうっ!」
師匠は空を見上げながら頭を搔きむしる。
その感情は僕の方が強いと思う。
再びバンダナをつけ、フラフープを思い浮かべる。
十数秒経ち、確認すると、場所は変わっていなかった。
その時、師匠はポケットから取り出し煙草を咥え出し、ライターで火を点けた。
空に向かって、溜め息のついでの様に煙を吐く。
せめてこっちを見るぐらいしろ。
バンダナをつけ、深呼吸をする。
煙草臭が鼻につく。
数十秒が経ち、確認すると、体はまた、四つ目のフラフープのままだった。
「畜生……」
煙を吐いた師匠は呟く。
女優と結婚出来るとでも思っていたのだろうか。
フラれたのならまだしも、会った事すらないのに、何故そこまで消沈出来るのだろう。
一ミリも惜しくない状況で、何故それ程の気持ちになれるのだろう。
疑問と苛立ちを覚えながら練習を続ける。
時折、遠くに移動してしまったり、場所が変わっていなかったりといったミスが発生しながら、フラフープを往復した。




