論争
「私ね、以前、児童養護施設の施設長をやってまして、お二人はその施設で暮らしていたんです」
「そうだったんですか」と、一応演技しておく。
「で、アタシが中一で唯武樹が小六の時に、先生がやめたの。理由も言わず」
「申し訳ないねぇ」
釣井の強い口調に参田は苦笑する。
「まぁ確かに、〝サンタクロースになるからやめる〟っつったら頭おかしくなったと思われるよな」
そう言った渡仲に、「誰も信じないよね」と、参田と釣井は返す。
「もう、皆泣いてたよね」
「スズも泣いてたもんな」
「泣いてないし」
「泣いてたろ」
「泣いてないって」
「泣いてたろ。何なら一番泣いてたろ」
「泣いてません。何なら一滴たりとも涙は出してません」
「出してたろ。一滴どころか滝の様に流してたろ」
「流してません」
「ガンガン泣いてたろ」
「泣いてないし、そのオノマトペおかしくない? 泣く度合いの表現として〝ガンガン〟はおかしいでしょ。仮に泣いてたとしてもガンガンは泣いてないわ」
「何で頑なに認めないスタンスなんだよ」
「いや、スタンスも何も事実無根だし」
「すげぇトリッキーな嘘つくじゃん。何か怖くなってきたわ」
「全然こっちの台詞なんだけど。何で記憶がすり替わってんのさ」
正解はどちらなのか。トリッキーなのはどちらなのか。
両社共に一歩も譲らない争いの判定を委ねられた参田は、「覚えてなぁい」と答えた。
「じゃあ、泣いたって事で」
「どういう解釈なのさ。泣いてないし。まぁいいや。で、アタシ、高校卒業してからフリーターやっててさ、どのバイトもあんま続かなくて、ゲンちゃんの所で働かせてもらっててさ、ほんのちょっとの期間だったけど。それで、先生がお店に来て再会して、先生が誘ってくれたの。それからちょっとして、高校中退してニートやってたこいつをアタシがスカウトしたの」
「ニートってそんな、人聞きの悪い。あの頃は女の子にお世話になってたんだよ」
「〝お世話になってた〟って、ヒモってたんでしょ?」
「またそんな人聞きの悪い」
「どうせあれでしょ、次々にナンパして次々に乗り換えて次々にヒモってたんでしょ」
「まあ、そうだけど」
「ただのニートより質悪いじゃん」
「質悪くねぇよ。俺が〝払え〟って言った訳じゃないし。大体、ナンパでゲットしたんだから立派な功績だろ」
「〝ゲット〟とか言うな。品がないわ」
「スズの泣き方の方が品なかったぞ」
「だから泣いてないって。まだ言ってんの?」
泣いていたか泣いていないか論争が再び始まった。
「大泣きだったよね、先生」
渡仲は再び参田に意見を求める。
「えっ、まぁ、大泣きって言うか、ちょっと目が潤んでたような……」
「ほら」
軍配が上がった渡仲はご満悦だ。
「潤んでないし。誤審だよ、誤審」
釣井は憤る。
「でも、私の記憶違いかも」
中立の意見を述べたつもりだったらしい参田は付け足した。
「あっ、終業時間じゃん! デートなんで、帰りまーす」
渡仲はいつもの様にそそくさと帰った。




