珍名
「アタシさぁ、人の名前見るの結構好きなんだよね」
パソコンの画面に目をやりながらペットボトルのミネラルウォーターをぐびっと飲んだ釣井は、それの蓋を締めながら言った。
「〝こんな苗字があるんだぁ〟とか、〝これ何て読むんだろう〟とか、〝何でこんな名前付けたんだろう〟って名前、ちょいちょい見るじゃん? そういうのが何だか面白くて」
「特に今はキラキラネーム時代だもんな」
「そうそう、ホント、キラキラネーム多いよね」
「なぁに、それ」
参田がヤクルトの容器をごみ箱に捨てながら尋ねると、「読めない名前」という渡仲と「読めない名前って事」という釣井の声が揃った。
「ああ、読めない名前ねぇ。確かに読めない名前が多いねぇ、近頃は」
それから釣井と渡仲は自分の見付けたキラキラネームのプレゼン大会を始めた。
明らかに漫画のキャラクターから取ったでろう名前。
音の響きだけで特に意味がなさそうな名前。
無理矢理英語の読み方をさせた名前。
二人は盛り上がる。
「汰駆郎君はキラキラネーム見付けた?」
釣井は僕のパソコンを覗き、画面上の名前を呟くが、そのレア度は低かった。
「いいの見付けたら教えてね」
そう言った釣井が再び見付けたキラキラネームを発表すると、渡仲はそれに驚き、名付け親に呆れた。
「近頃は何だかおしゃれな名前が多いから、人の名前を見るのが好きなスーちゃんには、打って付けの時代だねぇ」
「うん、今は殆どがキラキラネームだよね」
「確かにさ、名前って、人生のタイトルだからさ、どんな意味合いが込められてるのか気になるよね」
「人生のタイトルねぇ……。先生、いい事言うじゃん」
「えっ、そう?」
参田はにたっと笑う。
「俺の唯武樹ってタイトルはどうやって付けられたんだろうな」
渡仲が呟く。
「アタシね、訊いた事ある。〝スズちゃんはどうしてスズちゃんっていうの?〟って。それがお父さんとお母さんとの一番古い記憶かな」
「で、何て言われたんだよ」
「それは忘れた」
「忘れたんかい」
「でも、〝寿〟って字は〝めでたい〟って事でしょ? だから、めでたい事がある人生を送ってほしいって意味と、丁寧な気持ちを持ってほしいって意味で〝寿々寧〟って付けてくれたんじゃないかな?」
「憶測じゃねぇか」
「四歳の時だもん。覚えてないよ」
「てか、自分の事〝スズちゃん〟って呼んでたのか。キツいな」
「キツくないし。子供ってそういうもんでしょ。皆、その時期は通るでしょ」
「〝自分の事ちゃん付け期〟なんか通ってねぇよ」
「そりゃ、そうでしょ。あんたが通ってたらそれこそキツいでしょ。女の子だけなんだから、〝自分の事ちゃん付け期〟が来るのは」
「知らねぇよ、そのルール。てか、十年以上いたけどそんな奴一人もいなかったろ」
「まぁ、アタシ達がいた頃はそうだったけど」
「周期長いな」
「でもさ、一人称が自分の名前のちゃん付けって、大体四歳まででしょ?」
「いや、知らんけど、その相場は」
「入って来る子って殆ど十歳前後だからいなかったんじゃない? あっ、そうだっ! 汰駆郎君に言ったっけ? アタシ達ね、児童養護施設で生活してたの」
釣井の言葉に「あっ、言ってなかった」と、参田と渡仲は口を揃える。
隠していた訳ではなかったらしい。




