過去
それから、お好み焼きを完食した釣井は鉄板餃子やお通しのポテトサラダを摘まみながら、ビールのペースをどんどん上げていく。
短いスパンでおかわりを繰り返し、その数は恐らく二十杯を超えた。
そして、またぞろ吞み干した。
「ぷっはー! ゲンちゃんっ! もう一杯っ!」
釣井は前に突き出したジョッキを勢い良くテーブルに置いた。
「今日はいつも以上にいくねー、スーちゃんっ!」
「何言ってんの、こんなのまだ吞んでる内に入んないわっ! 実質シラフよっ! まだ序章よ、序章っ! ほら、あんたも吞みなさいよ、たくぞう君」
釣井は僕の肩に肘を置いて言った。
目は眠そうだし、頬が赤い。そして、名前を間違っている。
相当酔っぱらっているらしい釣井は、ジョッキを掴んだまま勢い良くテーブルに額を当てた。
「ちょっと、大丈夫、スーちゃん?」
男が声を掛けるが、応答がない。
そして、釣井は突っ伏したまま泣き出した。
「ちょっと、何かあったの、スーちゃん?」
釣井をよく知っているらしいこの男の反応からして彼女は酔うと泣くタイプという訳ではないようだ。
「ママ……、パパ……、会いたいよ……」
釣井は子供の様な声を出した。
「知ってる? この娘さぁ、両親二人共、事故で亡くしてるんだよねぇ」
店員は言った。
「そうだったんですか」
「この娘が六歳の時に家族でドライブしてたら、トラックが衝突してこの娘だけ助かったわけ。私の弟夫婦でもあったしすごくショックだったけど、でも、一番ショックなのはこの娘だよねぇ。目の前でお父さんもお母さんも死んじゃったんだから。しかも五歳で。それからこの娘は、参田が施設長やってた児童養護施設で暮らしてたわけ。私が彼と知り合いだったから、その縁でね。で、この娘が高校卒業したぐらいのタイミングで彼が立ち上げたあの会社に入って、何年かしてこの娘が施設で一緒だった人を誘ったってそれからずっと三人だったってわけ」
それから釣井がゆっくりと顔を上げると、彼女を家まで送ってくれないかと男に頼まれ、「大丈夫だよ」という本人の声を遮るしつこいその懇願を断れず、一緒に帰る事になった。
僕の腕に掴まりながら千鳥足で歩く釣井の案内でマンションに着いた。
釣井は鞄から出した鍵で開錠したドアを開けると、廊下に座り込み、壁に凭れた。
「鍵、ちゃんと閉めて下さいね。では、失礼します」
そう言ってドアを開けた時、釣井の上体が倒れた。
それから聞こえ出した寝息の音が次第に大きくなっていく。
ドアポストを開けて雪崩れた郵便物を整え、拾って施錠した鍵を投函口に入れた。




