経歴
「あんなすごいもの作れる人が居酒屋やってんのマジで謎過ぎだよね」
釣井は笑ってそう言うと、ジョッキを傾けた。
「科学に飽きちゃったんだよねぇ」
「いっつもそう言うけどさ、そんな事ある? あんなの作ったり、博士号取ったりしてたのに」
「まぁ、もともと定年迎えたらこういう店開くって決めてたからね。ずっとこういう事もやりたかったし」
「いくらやりたかったって言っても異色の経歴過ぎでしょ。汰駆郎君、この人、大学の教授やってたんだよ、ウケるよね」
釣井は男を指して笑いながら言った。
「セカンドライフってやつだね。寿々寧ちゃん、ビールでいいの?」
「うん、ビール。汰駆郎君は飲み物どうする?」
「えっと、お茶で」
「駄目。お酒以外禁止」
「あっはっは、それ、今の時代、ハラスメントだよ、スーちゃん。アルコールハラスメント、略してアルハラってやつだよ」
「だって彼、吞めるんだもん」
「あっ、じゃあ大丈夫だ。むしろ吞んでもらわないとね」
「でしょ?」
吞める事がバレてしまった以上は吞むしかないらしく、レモンサワーを注文した。
「おつまみは、いつもの感じでいいの?」
「うん、お願い」
それからビールとレモンサワーが運ばれて来ると、釣井の号令で乾杯をした。
「そうだ、汰駆郎君、LINE教えてよ」
言われてみればまだ渡仲としか連絡先を交換していなかったなと思いながら、ポケットからスマホを取り出す。
「おっ、来た来たぁ」
釣井はピンクのハートマークが散らばった手帳型のケースを開き、QRコードを読み取った。
すると、彼女の幼少期と思しき少女が首を傾げてピースサインをしているアイコンと共に、〝よろしくっ!〟という文字の下でウィンクをしているウサギのスタンプが送信された。
〝すーちゃん 20さい おたんじょうびおめでとう!〟とプレートに書かれたホールケーキを映した背景。
〝suzune.〟という文字の下のステータスメッセージにはウサギの絵文字が三つ並んでいる。
「スーちゃん、新メニュー入れたんだよ。ほら、これ」
男はメニュー表を広げ、大きく書かれた文字に指を置く。
「おっ、久し振りの新メニューだね。へぇー、〝チーズめんたいお好み焼き〟かぁ。美味しそう。じゃあ、それちょうだい」
「あいよー」
「汰駆郎君は? 食べる?」
「あっ、はい」
「じゃあ、お好み焼きと、ご飯二つずつ」
「あいよー」
それから男は真剣な眼差しで黙々と調理を始めた。
「汰駆郎君はさ、前はどんな仕事してたの?」
「会社勤めでした」
「ふーん、サラリーマンだったんだぁ」
「はい」
「何て会社?」
僕がいやいや言った企業名を、釣井はピンときていない様子で復唱した。
それから、お好み焼きとご飯が二人の手元に置かれた。
釣井ははしゃぎ、男は自信ありげな笑みを浮かべる。
「んー! おいひいっ!」
「でしょ? 自信作だからさ、これを早くスーちゃんに食べてもらいたくてさぁ!」




