集中
「うっし、始めっ!」
師匠モードに切り替わった渡仲は、ジグザグに置かれたフラフープの前で腕を組むと言った。
先頭のフラフープを凝視する。
「昨日の感じを思い出してっ!」
息を吐く。
気付くと、フラフープの中にいた。
未だに状況を把握しきれていないが、体はこのテレポーテーションとやらを覚えているらしい。
「おおっ! いいねぇ! 覚えてるねぇ! じゃあ、そんな感じでポンポンいってみよっか。はい次、こっち」
師匠の指示で矢継ぎ早にフラフープを三往復すると、どっと疲労を覚えた。
頭と体が重い。息を吐き、背後のフラフープを凝視する。
一分。二分。
テレポーテーションが出来なくなったらしい。
「よし、じゃあちょっと休憩しよう」
手を叩くとそう言った渡仲はあぐらをかき、スマホを取り出した。
「お前さ、この娘知ってる?」
渡仲が僕に見せた画面には、気取った女の写真が並んだインスタグラムのページが表示されている。
「知らないです」
「俺、DMでこの娘と仲良くなってさ、今日初めて会うわけよ」
「はぁ……」
それから渡仲は、別の女のインスタグラムやTikTokで見付けたお気に入りの女を僕に紹介していく。
この場合の正しいリアクションがあるのならそれを知りたい。
「あっ、そうだ、音楽聴きながらやるか」
そう言った渡仲が、今流行っているバンドの曲を再生させたスマホを柵に置くと、修行の後半戦が始まった。
フラフープを凝視し、何とかテレポーテーションが出来た。
疲労した体が回復したらしい。
「はい、次、あっち」
次のフラフープを凝視する。
十秒。二十秒。三十秒。
ようやく、テレポーテーションが出来た。
かなり、集中力を伴う作業だ。息を吐く。
それからテレポーテーションは、回数を重ねるに比例して掛かる時間が増していった。
一分。二分。三分。
「はい、時間切れぇー。昼になったし、今日はこの辺でぇー。お疲れさぁーん」
渡仲の号令で修行が終わった。
「どう? 修行は。順調な感じ?」
釣井はプラスチックのフォークに刺したサラダのレタスを咀嚼しながら僕に訊いた。
「んー、ちょっと持久力に欠けるかなぁ。まぁ、最初はこんなもんだよな。俺が鍛えてやんねぇとな」
渡仲はそう言うと、コンビニのかつ丼を頬張った。
「あんたに訊いてないし」
釣井が咎めると、参田は「あはっ」と笑いながら幕の内弁当の蓋を開ける。
「ねぇねぇ、彼女いるの?」
釣井が僕に訊いた。
「六人目の彼女募集中でーす」
渡仲が手を挙げる。
「あんたじゃないし。てか、五人もいる奴が募集すんな」
参田は筑前煮のれんこんを咀嚼しながら「ほっほっほ」と笑う。
「趣味ってあるの?」
「女」
「だから、あんたじゃないって。てか、趣味を性別で言うな。はしたないわ。てか、あんた、かつ丼なの珍しいね。いつもはカップ麵なのに」
「うなぎの後にカップ麺だと落差あり過ぎて切ないだろ? だから徐々にランクを下げてくってわけ」
「あんたの中でうなぎのワンランク下はかつ丼なんだ」
「当たり前だろ」
「お寿司とかじゃないの?」
「うわぁー! ミスったぁー! そうか、寿司があったっ! 完全に忘れてたわっ! うわぁ、食いたかったなぁ、寿司っ!」
「何その、始めちゃったらやり直し出来ないルール」




