名札
時刻は十三時になった。
しばらく鰻の余韻に浸っていた釣井は、「よし、やりますかぁ」と、改めて気合いを入れる。
「あっ、そうだ、忘れてた。汰駆郎君に渡さないと」
そう言った釣井は、自分のデスクに置かれたファイルで隠れていた名札を持つと、それの紐を僕の首に掛けた。
「作っといたよ。汰駆郎君の分。はい」
三人のものと同様のデザイン。〝日本サンタクロース協会〟という、三人と同様の組織名。〝来間 汰駆郎 ―Takurou Kurima―〟の文字。
この妙な組織に自分が入ってしまった事を改めて実感した。
思わず、手に取って見つめる。
日本サンタクロース協会の、来間汰駆郎。
自分は、日本サンタクロース協会の一員。
その妙な組織名には未だに慣れない。
自分がいるこの環境には未だに慣れない。
「じゃあ、昨日みたいにプレゼントする子のジャッジ、やってみよっか。今日も北海道、お願いね」
釣井に言われ、パソコンを立ち上げる。
バレエを習っている少女。水泳を習っている少年。サンリオが好きな少女。特撮が好きな少年。
子供のデータを見ていくが、星を付けるに相応しいと言える人材がなかなか現れない。
「データに残る様な功績がある子ってさ、なかなかいないよねぇ」
釣井は隣で僕のパソコンを覗きながら言った。
「星がつく様な子ってホント、そうそういないんだよねぇ。大体普通のプロフィールの子ばっかり」
バイオリンを習っている少女。ピアノを習っている少女。サッカーを習っている少年。野球を習っている少年。
次々と子供のデータを見ていくが、どれも普通だ。
「よし、終わったぁ!」
渡仲は突然、立ち上がりながら叫んだ。終業時間になったらしい。
結局、平凡なプロフィールの子供しか見当たらなかった。
「てか、唯武樹、あんた、いい加減そのペットボトル捨てなさいよ。もうずっと置きっぱじゃない」
釣井は渡仲のデスクに置かれたコーラのペットボトルを指して言った。
「ああ、俺、デートの約束があるからっ!」
「あっ、こらっ!」
渡仲の姿が、ぱっと消えた。テレポーテーションをしたらしい。
「普段の移動にテレポーテーション使うなって何回も言ってんのに、あいつっ! てか、ペットボトル捨てる時間ぐらいあるでしょうがっ!」
憤慨する釣井に苦笑しながらペットボトルをごみ箱に捨てた参田は、「いいよ、先生。甘やかしちゃ駄目」と一喝されると、再び苦笑した。
「それじゃあ、お二人共、お気を付けて」
参田はビルを出ると、自転車にまたがって頭を下げ、去って行った。
「ねぇ、汰駆郎君、二人で吞みに行かない?」
隣を歩く釣井は言った。
「この先にもう一つ、お気に入りのお店があってさ、隣にカラオケもあるのっ! ね、行こっ!」
それから、僕の肩を抱く釣井の強引な誘いに因って、二人で吞みに行く事になった。




