業務
「只今戻りました」
事務室に戻ると、「ごめんなさいねぇ」という参田と釣井の言葉が返ってきた。
購入したパソコンをデスクに置く。
「そうそう、それそれぇ! あったんだねぇ」
熱心なアップル信者らしく、選ぶべきパソコンを力説した渡仲はご満悦だ。
参田に言われた通り、〝ラハヤビル〟の名前が書かれた領収書を渡す。
「ごめんなさいねぇ、来間さん」
入社して最初の仕事が三時間の睡眠で、二つ目がパソコンの購入。
やはりトリッキーな職場だと、改めて思う。
いや、それより、本当に自分は、瞬間移動をしたのか……?
「それでは、業務の説明をしますね」
パソコンの初期設定が終わると、釣井はそれにピンクのUSBメモリーを挿入した。
時刻は十五時を過ぎている。ようやく仕事らしくなってきた。
画面上には都道府県名が並んだ。
釣井が〝北海道〟の文字をクリックすると、市町村名が五十音順に表示された。地域を絞っていくと今度は人名の羅列の画面に切り替わった。釣井はその一番上をクリックする。
少年の顔写真が右上に添えられた、履歴書の様なものが表示された。
少年の名前、生年月日、住所、家族構成、通っている小学校、生い立ちなどが書かれている。
「私達は五歳から十歳の子供を対象にプレゼントしていて、このデータを元に、星一つから三つまでの三段階でプレゼントする子を判断してます。そして毎年、星が付いてる子の中から抽選でプレゼントする子を選んでます。星の数によって当選する人数とプレゼントのランクが変わってくるの」
いつの間にか敬語が解除されたらしい。
いや、それより、本当に自分は、瞬間移動をしたのか……?
「で、ここに星マークあるでしょ?」
画面の右上に表示された三つの星マークを囲う様にカーソルを移動させながらそう言った釣井がそこをクリックすると、黒い枠のそれ等が一つずつ塗り潰された。
「こんな感じ。すごい事をした子とか、いい行いをしてる子とかに、その度合いに合った星をつける、みたいな。じゃあ、ちょっとやってみよっか。これ、まだ仮の段階だから全然気にしないで判定して大丈夫。分からない事があったら聞いてね」
ようやく、業務を始められるらしい。
いや、それより、本当に自分は、瞬間移動をしたのか……?
頭の整理が出来ない。
だが、とにかく業務をしなくてはならない。
パソコンの画面上に表示された少年のデータに目を移す。
七歳の一人っ子で電車好き。詳細の欄にはそれだけが記されている。
特に、いい行いも悪い行いもしていないという事か。
というか、いい行いも悪い行いもしていない人間が殆どなのではないだろうか。
子供なら尚更だと思う。
いや、それより、本当に自分は、瞬間移動をしたのか……?
「すごい事っていうのは例えば、大会で優勝したとか。で、いい事っていうのは、弟が溺れてるところを助けたお兄ちゃんとか。で、児童養護施設で生活してる子とか、おっきい病気だったり、何か事情がある子にもプレゼントしてて、そういう子からは一五〇〇人くらいで、星付けた子からは一〇〇〇人くらい、抽選で選ぶの」
釣井は隣で付け足す。
「もし、何か困った事とか、分からない事があれば、遠慮なく言って下さいね」
向かいのパソコンから顔を覗く参田に返事をする。
何故、この男はこの会社のトップであるにも関わらず、他の社員と並んだ、同様のサイズのデスクを使用しているのだろう。
「よくドラマとかだと、社長室があったり、皆と離れた場所に皆より大きなデスクを使ったりしてるのよく見ますよね? 私ね、ああいうの苦手なんです。何だか、偉そうで」
僕の疑問を見透かしたかの様に参田は言った。
「変わってるでしょ、うちの理事長」
釣井は笑みを浮かべる。
「まぁ、先生はそんなキャラじゃないもんね」
渡仲はパソコンを打ちながら呟く。
画面右端の矢印をクリックすると、次の子供のページが表示された。
三人兄弟の末っ子の少年。
そろばん教室に通い、五級を所持しているらしい。
そろばん検定五級は弱いか。
「すみません、この子は」
僕は隣の釣井に尋ねた。
「どれどれ」
釣井はパソコンを覗き、少し考える。
「んー、そろばん五級は星一つかな」
やはりそうか。
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ピアノ教室に通う少女。
コンクールなどの出場歴や受賞歴が一切記載されていないという事は、その様な経歴がないという事か。
ピアノ教室に通うだけでは誰でも出来る故、それでは星はあげられないだろう。
「よし、五時になったぁ! 終わりぃ!」
突然立ち上がりながら大声を出した渡仲に、釣井は「うるさい」と喝を入れる。
結局、合格だと思った子供は一人も現れないまま、終業時間が訪れたらしい。
「じゃあ、汰駆郎君の歓迎会しよっか」
立ち上がった釣井が、ぽんと手を叩いて提案した。
「いいねぇ、ゲンちゃんのお店に行く?」
「ゲンちゃんのとこは今日休みだよ」
「あら、そうだったね、月曜日だもんね」
「あっ、俺いいや、パス」
「あっ、ちょっと!」
渡仲は釣井の制止を聞き入れず、そそくさと去って行った。
「まぁた女遊びだよ、あいつ」
釣井は呆れる。




