面接
奥の小さな部屋に入り、念の為に持参した履歴書を渡すと、ホワイトボードの前に向かい合うパイプ椅子に、僕と男はそれぞれ座った。
あちこちに埃が被り、隅にはクモの巣が張られている。
「じゃあ、面接を始めますね」
面接? あの男は僕をスカウトしたと言っていたが、不採用の可能性があるという事なのか。
「いやぁ、久し振りに見たなぁ、履歴書」
男は履歴書を眺める。
「えっと、まずお名前は。まぁ、知ってるけど」
「来間汰駆郎です」
「年齢は三十歳」
「はい」
「お若いですねぇ。あっ、前まではサラリーマンだったんですね」
大きな眼鏡をくいっと上げながら訊いた男に、「はい」と答える。
「んーと、どうしよっかな。面接って何訊くんだっけな」
男は白髪の生えた後頭部をかく。
「んーと、趣味とかありますか?」
「趣味は、音楽鑑賞ですかね」
「音楽が好きなんですね。私はクラシックを聴きながら、猫ちゃんを撫でたり、コーヒーを飲んだり、本を読んだりしている時間が大好きですよ」
「はぁ……」
「んーと、何だっけな、あと……。あっ、子供はお好きですか」
「あっ、はい」
「私も大好きです」
お見合いかよ。さっきから会話が完全に面接じゃなくてお見合いじゃないか。
それから、好物、血液型、睡眠時間など、絶対に関係ないであろう質問に答える羽目になった。
「んー、あとは何か訊く事あったかな」
男は首を傾げて考える。
「まあ、いっか。面接はこの辺で。お疲れ様でした」
「あっ、はい」
「じゃあ早速、今日からでもいいですか?」
「えっ……」
「あっ、明日からの方がいいですか? それとも、来週からにします?」
「えっ、えっと……、採用という事ですか?」
「ええ、勿論です」
突然の展開に拍子抜けした。
「ずっと三人でやってたので、非常に助かります」
「あの」
「すぐに支社が全国に出来て、大手企業になると思ってたんですけどねぇ、世の中そんな甘くないですね」
「あの」
「我々がプレゼント出来る子供達の人数なんて氷山の一角ですから、心苦しいのです」
「あの」
「沢山の方に入社してほしいんですけどねぇ、社員が増えればその分、沢山の子供達にプレゼント出来ますから」
「あの」
「でも、深刻な人手不足が続いてたんでね、あなたが来てくれて本当に良かったですよ」
「あの、すみません」
「あっ、はい」
「あの、ここって……」
「はい、サンタクロース協会ですよ。もしかして聞いてませんでした?」
「いえ、えっと、サンタクロースっていうのは、どういう……」
「あっ、ご存じないです? サンタクロースというのはですね、クリスマスの夜、子供達にプレゼントする人の事です」
サンタクロース協会。一体何なんだ、この胡散臭い組織は。
「えっと、サンタクロースは知ってるんですけど、どういう事なんですか。どこの子供にプレゼントするんですか」
「どこって、日本中ですよ? 日本中、津々浦々。子供はどこの地域にもいますからね」
「色んな子供にプレゼントを渡すのが、この会社の仕事なんですか」
「ええ、そうです。まぁ、渡すっていうか、夜に眠っている子供の枕元に置いとくんです」
まさにイメージ通りのサンタクロースだ。
「お若いお二人が一〇〇〇軒ぐらいやってくれていて、私はもうこの年なので、五、六〇〇軒ぐらいで留める様、先程の女性に言われているんです」
何故、この男も話を盛るのだろう。何故、同じ盛り方なのだろう。そんな事を盛って何になるのだろう。
「あっ、すみません、申し遅れましたね」
男は首に下げた名札を持ち、僕に見せた。
渡仲のものと同様のデザインのそれには、〝日本サンタクロース協会 代表理事〟という文字の下に、〝参田 富行 ―Fuyuki Sanda―〟と書かれている。
「私、参田富行と申します。還暦を迎えて間もなく、この会社を立ち上げたんです。子供達に、喜んで貰える為に。カーネル・サンダースも、ケンタッキーを立ち上げたのはそれぐらいの年だそうですね。私、似てるって度々言われるんです」
「はぁ……」
確かに白い髪と大きめの眼鏡が似ているが、そんな事よりも確認すべき事項がある。
「参田とサンダースで、名前も似てますしね。あはっ」
「あの」
「はい、何でしょう?」
「お給料って……」
「あっ、失礼しました。これは大事な事を忘れていましたね。給料はですね、月二十万円です。そして、クリスマスにやって頂くプレゼント運びは一軒につき一万円です。一〇〇〇軒程回って頂く事になると思います。歩合制なので、一〇〇〇万円、手当として支給します」
まだ言うのか。
「嘘ですよね、一〇〇〇軒って」
「いえ、本当ですよ」
「一日で、じゃないですよね……」
「一日というか、一晩ですよ。子供達が寝ている間にプレゼント運びを実行するので」
「一〇〇〇軒じゃないですよね」
「いえ、一〇〇〇軒ですよ」
頑なだな。




