緊張
馴染みのない駅を初めて降り、真っすぐ歩く。
本屋側に曲がり、真っ直ぐ。
渡仲から送られてきた地図を睨みながら歩道を歩く。
このルートで合っているだろうか。下見して事前に場所を把握しておくべきだっただろうか。
少し不安を覚えながら十数分歩くと、〝神風〟という行書体の名前が大きく書かれた居酒屋を見付けた。
この店の向かい。〝ラハヤビル〟という名前のビル。
カモフラージュらしいその文字が刻まれた五階建てビルが、あった。
辿り着く事が出来、安堵した。
時刻は八時五十三分。何とか、五分前行動には成功だ。
今まで面接を受けた時とは明らかに違う、不思議な緊張感に覆われる。
渡仲に教わった通り、玄関のダイヤル錠に〝1225〟と入力すると、開錠された。
随分安直な暗証番号だなと、改めて思いながらドアノブを掴む。
階段があり、いくつかの扉が並んでいる。
褐色のタイルに囲まれた、誰もいない殺風景な空間。不気味な程に静かだ。
「すみませーん」
山積みにされた紙やチューブファイルで埋められた数台のデスクが見える窓口に向かって声を出すが、応答はない。
やっぱり、こんな訳の分からない所で働くのはよそう。
「誰ですかっ!」
引き返そうとした時、突然の声に驚いた。
奥のドアから出て来たスーツ姿の女は、急いで隣の部屋に入った。
そこから取り出したらしいさすまたの矛先と、鬼の様な女の形相が向かってくる。
「えっ、いや、ちょっ……」
そして、背後の壁に押し当てられた。
「誰ですかっ! どうやってここに入ったんですかっ!」
女は長い茶髪を乱しながら怒鳴る。
「あのっ! ここで働きたいんですっ! 来間汰駆郎という者ですっ!」
「えっ……」と、女は目を丸くさせた。
「そんな訳ありませんっ! 通報しますからっ!」
何故、名前を言っても駄目なんだ……。何故、話が通っていないんだ……。何故、信じてもらえないんだ……。
「あのっ! 渡仲唯武樹さんという方の紹介で来たんですっ!」
「唯武樹? あいつから?」
「そうですっ!」
「確認します」
女はポケットから取り出したスマホを操作し、耳にあてる。
やっとこれで面倒な事が終わる。
「出ないじゃないっ!」
またぞろ、さすまたで捕らわれた。電話に出ないという事はやはり不審者とはどんな解釈なんだ。
「警察呼びますからっ!」
「えっ、ちょっ」
その時、玄関の自動ドアが開いた。
「ちょっとちょっとぉ! どうしたのさ、スーちゃんっ! そんな物騒なもの持ってぇ」
七十代と思しき男は慌てて近付く。
「先生っ! この人、不審者っ!」
「あれ、もしかして、来間汰駆郎さんですか?」




