再会
〝Leopard〟の文字と、それを囲う円をかたどった緑の蛍光灯。ライトで照らされた煉瓦の壁。木製のドア。
ここだ。思わず、息を吐く。
この緊張は、これから何が始まるのか分からない故のものなのか、バーという未開の地に対するものなのか、自分でも分からない。
重いドアを開ける。
「おぉっ! 来た来たぁ!」
店に入った直後、渡仲が僕に気付いた。
奥のテーブルで勢い良く手招きをする彼の向かいに座る。
「いやぁ、良かったよっ! やってくれるんだね、例の話っ! もう、誰もやってくんなくてさぁ! 今まで何人に声掛けた事やらっ!」
渡仲は僕の肩を強く叩く。
彼のナルシストさに比例する様に大きく開けたルイ・ヴィトンのワイシャツの隙間でクロムハーツのネックレスが揺れている。
それから酒を呑む様に促され、レモンサワーを注文した。
「あっ、改めて自己紹介しとくかな、俺、渡仲唯武樹ね、よろピク~」
いちいち鼻につくな。
「来間汰駆郎です」
レモンサワーが運ばれてくると、乾杯を促され、それに従った。
「汰駆郎って、年いくつだっけ?」
もう呼び捨てか。
彼は年下とは言え、僕の先輩になる故、呼び捨てされるのは仕方ないが、流石に自己紹介の次の会話からは早速過ぎる気がする。
「三十です」
「ふーん、五個上か。あっ、こないだ言ってたよね」
渡仲は笑い出す。
「これまで、仕事は?」
「一ヶ月後程前まで会社勤めでした」
「ふーん、サラリーマンだったんだ?」
「ええ、まぁ」
「ちなみに俺、ウーバーのバイトしてる。サンタクロースだけじゃ食べてけないからさぁ」
〝サンタクロースだけじゃ食べていけない〟というフレーズと、一〇〇〇万円を手にしても食べていけない彼の浪費っぷりのインパクトを同時に覚えた。
「何か訊きたい事ある?」
謎過ぎて何を訊けばいいのかよく分からない。
渡仲はウイスキーを吞み干し、おかわりを注文した。
「あっ、月収はね、二十万。まぁ、月収はあんま高くないけど、クリスマスは一晩で一〇〇〇万貰えるからさ、かなり良くない?」
一〇〇〇万とは別に毎月五十万も貰って、それでも足りないのか。
「あの」
「ん? 何でも訊いて?」
「サンタクロースって、どういう事なんですか……」
「えっ、知らないの? クリスマスの夜、子供にプレゼントを配るんだよ」
僕が訊きたかったのはそういう事ではない。
「本当なんですか、一〇〇〇万って」
「うん、当たり前っしょ」
「本当に、一晩で一〇〇〇万貰えるんですか」
「ホント、ホント。一軒につき一万」
一軒につき一万? そんなに貰えるのか……。
ん? 一軒につき一万で一〇〇〇万を貰えるって事は……。
「で、一〇〇〇軒回るから一〇〇〇万」
一〇〇〇軒? 一晩で……? おいおい、つくならもっとマシな噓をつけよ。一晩で一〇〇〇軒は盛り過ぎだろ。
という事は、一〇〇〇万も嘘なのか。〝一軒につき一万〟も、そもそもこのサンタクロースの話も、やはり嘘の様な気がしてきた。
「てか、汰駆郎、ずっと俺の事、ブロックしてたろ?」
その言葉に思わず肩がびくっと動き、通知オフするだけにしておけば良かったと後悔した。
「何か、操作を間違えてしまったみたいで」
「あ、間違ったんだ? それなら良かった」
信じたらしい。
「汰駆郎って彼女いんの?」
「いえ」と答える。
「ふーん、いないんだぁ?」
渡仲は運ばれてきたウイスキーを傾ける。
「俺さ、よくキャバクラ無双してっからね」
〝無双〟の定義がよく分からない。
「ナンパの収穫率たけぇよ、俺。商店街を活動拠点にしてんだけどさ、大体、一日に十人は収穫してっからね」
〝収穫〟って……。下品な表現だな……。
「こないだ合コンやったんだけどさ、女の子が皆、看護師でさぁ、顔面偏差値ヤバかったわけっ! 皆ノリが良くて、もう、大盛り上がりでさぁ、で、そん中でも一番可愛かった女の子、テイクアウトした」
また下品な表現だな……。
「あとこないだ、マッチングアプリで知り合ったキャビンアテンダントとデートしたし。てか、女の子紹介しよっか?」
「いえ、結構です」
「ふーん」
それから、ようやく武勇伝が終わった。
体感では小一時間だったが、実際には十数分だったらしい。
「明日の九時、事務所に行って来て。場所はあとでⅬINEに送るからさ。話は俺がつけとくからさ。俺、約束あって行けないからさ」
サンタクロースの事務所があるのか……。
「と、言う事でオリエンテーション終了っ! 解散っ!」
オリエンテーションだったのか、これ。殆ど自分の武勇伝だったじゃないか。




