退職
一ヶ月後。
僕は、退職願を出した。もう、限界だった。
長時間説得され、難攻したが、何とか、辞める事が出来た。
やっと、やっと……。
想定していた程の解放感や達成感はなかった。
闘い抜いた精神をそれ等が覆うには時間を要するらしい。
あの男のLINEをブロック解除してみる。
アイコンはでかいサングラスと青いニット帽を着用した金髪男がスタバの飲み物を持っている写真に変更されたらしい。
トーク画面を何度スクロールしても途絶える事のない勧誘メッセージに、改めてぞっとした。
これ等が退職の原動力だった筈だが、あの時の自分はどうかしていたらしい。
過度のストレスのせいだろうか。
今思うと、あんなに胡散臭さしかない話に少しでも興味を持ってしまった自分に呆れる。
再びブロックする。
やっと、会社という地獄から脱け出した。
もう、あの地獄には行かなくていい。
もう、あいつ等に会わなくていい。
じわじわと、開放感と達成感が込み上げる。
さて、この先、どうやって生きよう。
ベッドの上で考えていると、大きな決断をした事に因る疲れなのか、どんと眠気が降り掛かり、取り敢えず、それに従う事にした。
数週間後。
またぞろ、駄目だった。
自分という人間を全否定された気になってきた。
保険会社の不合格通知をぐちゃぐちゃに丸めて捨てる。
就職はこんなにも難しかっただろうか。
貴重な存在だったらしいあの会社を、偶然一社目に引き当てたに過ぎなかったらしい。
深く、息を吐く。
更に数週間後。
建築会社。
ホームセンター。
整備工場。
ガソリンスタンド。
自動車屋。
もう、これで何度目だろう。
深く、息を吐く。
もう嫌だ。
会社にいた頃に匹敵する程のストレスと精神的な疲労を覚える。
あと何度、履歴書を書かなくてはならないのだろう。
あと何度、面接を受けなくてはいけないのだろう。
自分を採用してくれる職場は、どこにあるだろうか。
自分のやりたい仕事が分からなくなってきた上に、それを優先している場合ではなくなってきている。
再び、息を吐く。
あっ……、そうだ。
その手があったか……。
何故、今まで思い付かなかったのだろう。
予約した時間の五分前である日曜日の午後。
コンビニに到着した僕は、スタッフルームに通された。
つちださんと、同僚になれるかもしれない。
「では、そちらに座って下さい」
店長らしい中年の男に促され、パイプ椅子に腰を降ろす。
収入はやや劣るが、そんな事はどうでもいい。
つちださんと一緒に働く事が出来れば、人生逆転だ。
この面接、絶対に受かってやる。
絶対に、つちださんの同僚になってやる。




