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委員長は否定する

「三葉さんも災難よね。こんな言い方をするのは良くないと分かってはいるけれど、可愛いってのは、何も利点しかないわけではないってことね」


 これでもかと秦さんと距離を詰めて座る早乙女が溜息混じりに呟く。


「ただ声をかけられるのとは違う。誘拐や事故だって外見の判断だけでされる場合もある、か……。彼女の外見を羨ましいと特別に思うことを私はしないけれど、外見が原因で理由の分からない狙われ方をされるくらいなら、今の自分で良かったと強く思うわ。平凡であることがこんなにも平和をもたらしてくれるなんてね」

「早乙女さんも可愛いよ」

「いえいえ、秦さん。女って生き物は化粧でいくらでも顔を変えられるんですよ。さすがにご存じでしょう?」


 いつもの早乙女節をとうとう秦さんにも向け出した副委員長様は、けれどしとやかにオレンジジュースを飲む。中学生相手にお世辞を言う大人も珍しくはないのだろうが、捻くれた返しを受けることなんてまずなさそうである。苦笑する以外のリアクションが取れない秦さんに、さらに続ける。


「化ける術を持った大人と、化ける術を持たない子どもとでは、どちらがより危険な状況に身を置いているか……。そんな子どもたちを守るのが大人なのでしょうね。でも、すべての子どもを守れると言い張る大人たちを、誰が信用するのかしらね?」

「ははは……」

「早乙女、そんな難しい話を病院でするなよ」

「あら、ごめんなさい。つい癖で思ったことをそのまま口に出してしまったわ」


 そんな癖があるなんて、クラスメイトの僕は聞いたことがなかった。

 三葉に対して敵意を向ける早乙女でも、さすがにライバルが事故に遭ったとなると調子が出ないのだろう。

 聞き手に回るだけの秦さんを除いて暴走寸前の早乙女を止められるのは、実質僕一人だけだと言わざるを得なかった。


「さぁ、風丘くん。紀伊先生が来たわ。まだ三葉さんと話すことがあるんでしょ? 私はもう話したから行ってらっしゃいよ」

「早乙女、今日はやけに優しくないか……?」


 学校にいる時は自分優先なことが多いのに、気遣いが多い。三葉にではなくて、僕に対して。

 さして好感度は上がらないのに。


「変な言い方は止めてよ! 私はいつでも優しい。ほら復唱!」

「……早乙女はいつでも優しい」

「よろしい」


 この一連の流れに既視感を覚えた。

 毎日家で行われる儀式めいたやりとり。


 ――こいつ、どことなく鈴姉に似てやがる……。


 いつか自分の武勇伝を話し出すのではないかと冷や冷やする。さすがに鈴姉みたいな突飛な武勇伝は持っていないだろうが。


「行くの? 行かないの? どっちなのよ?」

「……行きます」


 強気な語調とか、そっくりだ。

 もう早乙女未樹が姉の風丘鈴音に見えてきた。


「どうした、風丘? 顔がぐったりしてるぞ」


 処置室で三葉と話し終えて出てきた紀伊先生がすれ違いざまにそう僕に声をかけた。病院にいてぐったりした顔をしているなら、僕も受診する必要があるかも。


 クラスメイトが姉とそっくりで胃が痛む。




「風丘くん」


 処置室に入った瞬間、三葉が笑顔で僕を迎え入れた。まだベッドに腰掛けたままの状態だったが、顔色は幾分と良くなっていた。

 数分前とは歴然の差の顔色に、別人かと思った。


「やぁ、三葉。今日中に帰れそうなのか?」

「ええ。明日また検査で来ないといけないみたいだけど、入院するほどではないんだって。骨折したわけでも、頭を強く打ったわけでもないから」


 全身にほぼ包帯が巻かれているのに、重傷の部分がないとは恐れ入る。どんな受身を取れば車に轢かれても軽傷で済むのか教えて欲しい。


「三葉って頑丈なんだな」


 出てきた言葉は、最低なものだった。

 しかし三葉は笑う。


「頑丈だなんて、そんな。はねられたわけじゃないのよ? 強めに掠ったくらいで……」

「それでも事故は事故だし、その程度の怪我で済んだのは不幸中の幸いってやつだよ」

「それは……その通りね」


 大人びた表情が消え、あどけなく笑う三葉に僕は安堵した。教室で見る三葉ではなく、放課後に学校の外で見た三葉が、目の前にいる。


「自分が強運だなんて、事故に遭わない限りは分からないね」

「危機の時にしか気付けない強運はちょっと嫌だな……」


 時折痛そうに腕をさすったり、足を気にする素振りを見せる。

 すぐに痛みが消えるとは思っていないけれど、それでも顔色が良くなっているのは紀伊先生と話して事故に遭った恐怖心が少しでも和らいだからだろう。


「あ、そうだ」


 他に会話のネタになりそうなものが浮かびそうになかった僕は早乙女にも見せたものをポケットから取り出した。

 淡い紫色の手紙。


「これに見覚え、ある?」


 渡して、手紙の内容を読み込んでいく三葉。


「この字、早乙女さんじゃないの?」

「早乙女じゃないって言われた」

「そうなんだ」


 ふーん、と僕に手紙を返す三葉は、どこか楽しげな様子。


「書いてある内容、早乙女さんが話してくれた怪談を思い出すね」


 僕はじっと三葉を見る。もしかして、と疑ってかかっている。

 三葉なら、早乙女の字を真似るなんて簡単なのではないかと。

 だけど、簡単に見透かされていた。


「私じゃ、ない」


 強調された言葉を前に、返す言葉なんて出て来ない。



 僕はまた、振りだしに戻った。


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