第50話 勇者への復讐(2)
「……殺ったか」
上空からの狙撃でラシードを襲った青い蜂の魔人が、地上に下りてきて背中の羽を折り畳む。標的を首尾良く仕留めたのを喜ぶ素振りもなく、アピスゼノクは立ち昇る爆炎を見つめて抑揚のない声で言った。
「……?」
燃え盛る炎をじっと観察していたアピスゼノクが、その中で発生している高い魔力を感知して初めてわずかに驚く反応を見せた。次第に収まってゆく炎と煙の向こうに、やがて獅子の姿をした戦士の影が浮かび上がる。
「甘いな。そう易々と殺られてたまるか」
間一髪、光弾が当たる前に素早く変身し、レオゼノクとなって爆発に耐えたラシードが悠然とこちらへ歩いてくる。炎の中から出てきたレオゼノクが右腕を柔らかくしならせて拳を握ると、アピスゼノクも冷酷なまでに冷静な動作で戦闘の構えを取った。
「不意打ちとは卑怯な真似をしてくれるな。お前は何者だ」
「私はアピスゼノク。お前を抹殺するために生まれし者だ」
「俺を……?」
年齢も性別も感情すらも推測できない無機質な声で名乗ったアピスゼノクは、戸惑うレオゼノクに向かって疾風の如き高速で突進し接近戦を挑んだ。
「昨夜の放火はお前の仕業か?」
素早く応戦し、牽制の突きと蹴りを数発ずつ相手と交わし合ったレオゼノクが鋭い牙を剥きながら訊ねる。アピスゼノクは間合いを取って構え直すと、心の内が読み取れない機械的な声で答えた。
「違う。あの者は私の仲間ではない」
「あの者……か。どうやら真犯人を知ってるようだな。教えてもらおうか」
言葉を返そうとせず押し黙ったまま、アピスゼノクは左手をかざして魔力を高め、自分の手の甲を覆っている青い装甲を眩しく発光させる。無数の光の粒と化して伸縮し、形状を変えた装甲は前方に長く伸び出た太い一本の針を形成し、再び物質となって硬化した。
「なるほど。毒蜂の針って訳か。いい武器だな」
わざと軽口を叩いて余裕を見せるレオゼノクに、アピスゼノクは必殺武器の毒針・メルキゼデクの先端を向けて突きかかる。咄嗟に身をひねって攻撃をかわしたレオゼノクは、狙いを外れたメルキゼデクが自分の背後に生えていた街路樹の幹を一撃で粉砕したのを見て肝を冷やした。
「舐めるな!」
掌から攻撃魔法の光弾を放ってアピスゼノクにぶつけるレオゼノクだが、顔面に光弾が直撃して爆発と共にのけ反ったアピスゼノクはその姿勢のまましばらく静止し、やがて何事もなかったかのように上体を戻して無言のまま反撃してくる。
「気味の悪い奴だ。戦いにくいな」
メルキゼデクを突き刺してレオゼノクを後ろへ弾き飛ばしたアピスゼノクは、すかさず針先から青い小型の光弾を連射して容赦なく追撃を浴びせる。劣勢となってじりじりと後退し壁際に追い込まれたレオゼノクに、アピスゼノクはメルキゼデクの先端に魔力を溜めて勝負を決する一撃を叩き込もうとした。
「グッ……!」
破壊魔法を充填して青く輝く毒針をアピスゼノクが突き出そうとしたまさにその時、思わぬ異変が起こった。短い悲鳴のような声を発したアピスゼノクが突然頭を押さえ、苦しみ始めたのである。
「グッ……アァッ……!」
「どうしたんだ? 急に……」
それまでどんな攻撃を受けても冷然としていたアピスゼノクが、体中を走る痛みに悶えて叫びながら地面に膝を突く。自分を追い詰めていた強敵の身に起こった突然の変調にレオゼノクも戸惑い、警戒しながら呆然とその様子を見つめるばかりであった。
「悪いが、一気に決めさせてもらうとするか」
ようやく我に返ったレオゼノクが攻撃を仕掛けようと片足を踏み出しかけた刹那、不意に横から飛んできた光の矢が彼を撃って爆発を起こした。胸から火花を散らして倒れ込んだレオゼノクが振り向くと、物陰から紫色のサソリを思わせる禍々しい姿の魔人が姿を現わす。
「どうやら無理が祟ったようだね。退け」
サソリの魔人・スコルピウスゼノクがそう言って片手で追い払うような仕草をすると、苦痛にあえいでいたアピスゼノクはふらふらとした動作で立ち上がり、背中の羽を展開して飛び立ち上空へと逃げ去っていった。
「お前は……」
「今日のところは命は預けておく。でも次はないよ。レオゼノク」
知性と品性を漂わせ、どこか耽美ですらある滑らかな少年の声でそう告げたスコルピウスゼウスは自らも踵を返して悠然と去ってゆく。変身を解いたラシードは今の声に聞き覚えがあるような気がしてしばし考え込んだが、誰なのか思い出すことはできなかった。




