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第20話 伝説の覚醒(4)

「覚悟しろ。悪党ども」 


 酩酊や逆上にも似た異様な興奮状態は時間と共に収まり、鮮明な理性が頭の中に戻ってくる。先ほどまでの獣のような咆哮から一転、しっかりとした意志の籠もった言葉で宣戦布告の声を発したレオゼノクを、アラーネアゼノクは緑色の大きな複眼で物珍しげに観察しながらせせら笑った。


「正気に戻るのが随分早いな。お前さん、ゼノクに向いてる人間だったのかもよ。適性ありって奴だ」


「ゼノク……なるほどな。俺たちのことはそう呼ぶのか」


 怪物化してからしばらくの間、自我を失って暴れ狂っていたエクウスゼノクやライアゼノクと比べると、凶暴性に精神を支配されていた時間は確かに短い。既にラシードとしての平常心を完全に取り戻していたレオゼノクはアラーネアゼノクが口にしたゼノクという名を味わうように反芻すると、訓練されたマムルーク武術の型に倣ってゆったりと構え、襲いかかってきたアラーネアゼノクと戦闘を開始した。


「莫迦な。こんなことが……」


「どうやら奇跡が起きたようね。神様は善人を決して見捨てない、ってことかしら」


 一度は無惨に殺されてしまったかに思われたラシードが、自分と同じ超人的な力を得て蘇った。スースゼノクに首を掴まれて持ち上げられたまま一連の状況を見ていたレオパルドスゼノクは愉快げに笑い出し、まるで神が与えた天祐のようなこの予期せぬ展開に歓喜する。


「それじゃ、こっちも反撃開始と行こうかしら。たぁっ!」


 唖然としているスースゼノクに向かって、にやりと笑うように牙を剥いたレオパルドスゼノクは地面から浮いた両足を同時に振り上げると、スースゼノクの胸を押すように蹴ってその反動で拘束から脱出した。


「貴様! まだそんな力が残っていたのか」


「あなたは私を怒らせたわ。それも本気でね」


 人質が無事に救出された以上、戦いを躊躇う理由はもはやない。華麗な宙返りをして着地を決めたレオパルドスゼノクは左右の手足をぶらぶらと振り、まだ痛みが残る体の各部の具合を確かめるように動かすと、唸りを上げてスースゼノクに突進し、これまでの鬱憤を晴らすかのように激しい猛攻を仕掛けた。


「せっかく覚醒した途端で悪いが、死んでもらうぜ」


 一方、アラーネアゼノクは右手の爪から光線を発射してレオゼノクに浴びせた。光はレオゼノクの上半身に巻きついて実体化し、白い蜘蛛の糸となって絡め取る。


「皮肉なもんだな。自我がない状態の方が、痛みや恐怖も知覚できなくて楽に死ねただろうに」


「こんなもので……」


 自分を倒せるものか。嘲笑うように小さく牙を覗かせたレオゼノクは全身に力を込めて魔力を高めた。右手の爪を振りかざして接近してきたアラーネアゼノクの目の前でレオゼノクの全身から金色の魔力が炎のように立ち昇り、胴体に絡みついていた糸を高熱で焼き払う。


「な、何だと……?」


 誰かに教わるまでもなく、魔力の用い方は本能的に分かっている。焼け焦げて灰と化した糸を払い落とすと、レオゼノクは狼狽するアラーネアゼノクが咄嗟に振り下ろしてきた鋭い槍のような爪を片腕で防ぎ、すかさず殴り返して反撃した。


「さすがレオ様。やるじゃない」


 激しい殴打の連続でアラーネアゼノクを叩きのめしてゆくレオゼノクの強さを見て嬉しそうに鼻を鳴らすと、レオパルドスゼノクはゆっくりと膝を曲げ、右足の先端に魔力を集中させて眩しい赤色の光を燃え立たせた。助走をつけて空高く跳び上がったレオパルドスゼノクは空中で体を捻って熱い魔力が灯った右足を前方へ突き出し、そのまま落下してスースゼノクの胸に飛び蹴りを見舞う。


「逝けぇっ!」


「グォォッ……! か、神よ……」


 重力と魔力とを乗せた強烈な蹴りの直撃を受けたスースゼノクは断末魔の叫びと共に仰向けに倒れ、大爆発して粉々に砕け散った。肉体の損傷によって生体機能が破壊され、全身に流れていた魔力が制御を失って暴走した結果、自らを木端微塵に吹き飛ばすまでに急上昇したのである。


「しまった。ムスタファがやられたか」


 レオゼノクに苦戦していたアラーネアゼノクが、仲間の戦死を見てうろたえる。その隙に鋭い肘打ちを敵の腹に突き刺したレオゼノクは右手に魔力を集めて金色に発光させると、怯んだアラーネアゼノクの胸に鉄拳の一撃を打ち込んだ。


「おのれ……覚えているがいい。貴様、アラジニア人でありながら神ジュシエルに逆らった報い、必ず受けることになるぞ!」


 陥没した胸の装甲から白煙を噴きながら、深手を負ったアラーネアゼノクは吐き捨てるようにそう言うと、大きく跳躍してハル・マリアの店舗を跳び越え建物の向こうに姿を消した。


「あんな凶悪な無法者から皆を守るのが、神様に逆らう行為なわけ? ジュシエル教ってやっぱりよく分からないわね」


「安心しろ。ジュシエル教徒の俺にも、奴の言っていることの意味は分からん」


 自分に近づいてきて皮肉るように言ってきたレオパルドスゼノクに、振り向いたレオゼノクは冗談めいた軽口を返す。今の戦いがアラジニア人の信じる神ジュシエルに逆らうものだというアラーネアゼノクの言葉は、単なる敗者の捨て台詞に過ぎないのだろうか。軽く一笑に付した後になって、妙な引っかかりを覚えたレオゼノクはもう一度その意味についてよく考え直してみようとしたが、その時突如として彼の全身に鋭い痛みが走った。


「うっ……!」


 地面に膝を突いたレオゼノクの装甲が無数の光の粒と化して分解され、空気に溶け入るようにして消滅する。人間の姿に戻ったラシードは脱力し、そのまま意識を失って卒倒した。


「サウロ兄さん!」


「ラシード隊長! しっかりして下さい!」


 物陰に隠れていたシメオンとミリアム、カリームとハミーダがラシードの元へ駆け寄り、仰向けに倒れて気絶した彼を揺さぶり起こそうとする。だがラシードはにじみ出る汗に顔をびっしょりと濡らしたまま、どんなに呼びかけても反応しない。


「お兄ちゃん! しっかりして! お兄ちゃん!」


「心配は無用よ。まだゼノクの力に体が慣れてないだけ。初めての変身ならこんなものだわ」


 苦しげに目を瞑ったまま死んだように動かないラシードを見て泣き出しそうになっていたミリアムに、レオパルドスゼノクはそう言葉をかける。自分を見上げて不思議そうな顔をしたミリアムにそっと微笑みかけると、彼女は踵を返してその場から立ち去ろうとする。


「ゼノクの、力……?」


 レオパルドスゼノクの言葉を反復してハミーダが呟く。その横で、想像を絶する一連の出来事にただ唖然とするばかりだったカリームがようやく我に返り、悠然と去ってゆくレオパルドスゼノクの背中に曲刀を向けながら強い口調で呼び止めた。


「待て! お前は何者なんだ。やはりアレクジェリア軍の者なのか? その怪物のような姿は何だ? なぜ城壁を越えてこの街に侵入した?」


「さあね。その隊長さんになら、後で話す時は来るかも知れないけど」


 立ち止まって振り向き、倒れているラシードの方を視線で指しながらそう言ったレオパルドスゼノクは変身を解いてメリッサの姿に戻ると、地面に落ちていた赤いスカーフを拾い上げ、付着していた土埃を手で払い落としてから自分の頭に被り直す。呆気に取られて立ち尽くすカリームたちをからかうように、ひらひらと手を振った彼女は裏小路へと素早く駆け込んで行方を眩ましたのであった。

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