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第18話 伝説の覚醒(2)

「馬力だけは大したものだけど、ひたすら力任せで粗削りすぎる戦い方ね」


「おのれ、小癪な!」


 ハル・マリアの店の前の路地で、レオパルドスゼノクとスースゼノクの戦闘は続いていた。レオパルドスゼノクが指摘した通り、大柄なスースゼノクは腕力では数段上を行きながらも、豹の如く身軽で俊敏なレオパルドスゼノクの動きを捉えきれず、攻撃をことごとくかわされていいように翻弄されている。


「喰らえ。これで貴様も消し炭だ!」


「甘いわよ!」


 いきり立ったスースゼノクは右の掌から光弾を放ったが、レオパルドスゼノクは気合を込めた手刀でそれを弾いて地面に叩き落とした。爆発が起こって路面の石畳が砕け、その下の土ごと超高熱で蒸発して穴が開く。


「くたばれ。虫けらめが!」


 再び、スースゼノクの手から発射される光弾。だがレオパルドスゼノクは自分の右手に魔力を集め、五本の指を揃えて腕を前方に突き出すと指先から赤色の熱線を撃ち出した。熱線は飛んできたスースゼノクの光弾を貫通して爆砕し、そのままスースゼノクの胸に命中する。打撃を受けたスースゼノクは力尽きたように地面に膝を突き、もがきながら仰向けに倒れた。


「終わりね」


「き……貴様」


 焼け焦げて白煙を噴いているスースゼノクの胸を片足で踏みつけ、勝利を確信したようにレオパルドスゼノクは口元を歪めて牙を見せる。彼女が右手を広げてスースゼノクの目の前にかざすと、掌の上に赤い光の球が生成され、熱い魔力をたぎらせて輝いた。


「待て。豹のゼノクよ」


 ひと思いに頭を吹き飛ばしてスースゼノクに止めを刺そうとしたレオパルドスゼノクだったが、その時、不意に離れた場所から聞こえてきた声が彼女を呼び止めた。


「攻撃をやめろ。こいつらを殺されたくなかったらな」


 シメオンとミリアムを糸で縛り上げたアラーネアゼノクが、槍のように尖った鋭い爪を二人に向けながらハル・マリアの店の前に立っている。それを目にして、レオパルドスゼノクは反射的に動きを止めた。


「あの子……!」


 つい先ほど仲良く会話を交わしたばかりのミリアムが人質に取られてしまったのを見てレオパルドスゼノクは歯噛みした。口先だけの脅しではないぞと示すように、アラーネアゼノクは怯えたミリアムの顔に右手の爪を近づけ、頬を突き刺す真似をして見せる。レオパルドスゼノクはやむなく戦うのをやめ、掌に作りかけていた赤い光弾を消滅させた。


「随分と痛めつけてくれたな。どけい!」


 スースゼノクが右足を振り上げ、レオパルドスゼノクを蹴り飛ばして自分の上から叩き落とす。倒れたレオパルドスゼノクが立ち上がったところへ、すかさずスースゼノクは怒りを込めた拳の一撃を浴びせて再び転倒させた。


「どうやら借りができたようだな。同志よ」


 スースゼノクはそう言ってアラーネアゼノクの援護に礼をする。アラーネアゼノクは呵々(かか)と嗤いながら、緑色に輝く虫のような大きな複眼をレオパルドスゼノクへと向けた。


「ヨナシュ人など別に死んでも構わん、好きにしろという答えも想定していたのだがな。素直に従ってくれるのはさっきも口にしていた正義感か、それとも国や民族を問わぬ博愛の心とやらか?」


 どこの国でも差別され、憎まれ、時には命すら軽んじられることも珍しくないヨナシュ人では人質としての価値はなく、例え危機に陥っても助ける必要などないと考える者も多いのは事実である。だがレオパルドスゼノクは当然とでも言うように、迷わず二人の生命を最優先して敵の要求に応じたのだった。


「騎士道精神って奴かしらね。例え何人(なんぴと)だろうと、か弱き民を見殺しにするわけには行かないわ」


「騎士道だと? 下らん。そんな飯事(ままごと)にこだわって、己の命を捨てるのか」


 要求通りに抵抗をやめたレオパルドスゼノクをスースゼノクは乱暴に殴りつけ、よろめいたところに追い討ちをかけてまた地面に張り倒す。大柄な重量級のスースゼノクの怪力をまともにぶつけられては、さしものレオパルドスゼノクも硬い装甲を傷つけられ打撃を受けてしまうのは不可避であった。


「どうすれば……うっ!」


 叩きのめされながら必死に打開策を探ろうとするレオパルドスゼノクの腹を、スースゼノクは真下から思い切り蹴り上げた。大きく吹っ飛んだレオパルドスゼノクは先ほど跳び乗った酒場の二階の外壁に激突し、地面に落下してうずくまる。


「楽に死なせはせんぞ。この俺を散々弄んでくれた礼はたっぷりとさせてもらうからな」


 倒れたレオパルドスゼノクの首を掴んで持ち上げ強引に立ち上がらせたスースゼノクは、禍々しい猪の仮面を嗜虐的な愉悦に歪ませてそう言った。




「ううっ……た、隊長」


「ラシード隊長、しっかりして下さい!」


 アラーネアゼノクの攻撃を受けてハル・マリアの店内に倒れ込んでいたカリームとハミーダは、痛みが残る体を引きずってラシードの元へ這い寄り、心臓を貫かれて瀕死の重傷を負った彼を何とか助けようとしたが、もはや手遅れなのは明らかであった。


「ぐっ……ううっ……」


「何てことだ。こんな悪夢みたいなことが……」


 ラシードは苦しげに呻きながら朦朧とした意識のまま荒い呼吸を繰り返し、店の外ではシメオンとミリアムを人質に取られたレオパルドスゼノクがスースゼノクに一方的に痛めつけられている。絵に描いたような最悪の状況にカリームが奥歯を噛み締め、ハミーダも悲痛な表情でうつむいたその時、倒れていたラシードの身に不思議なことが起こった。


「な……何だ……!?」


 ラシードがかけている縄紐の首飾り。それについていた金色の琥珀のような小さな宝石が、彼の胸元で光を放っている。初めは窓から射してきた太陽の光を反射しているのかと思った二人だったが、よく見るとそうではない。宝石自体が確かに発光し、魔力を帯びて眩しく輝いているのだ。


「うっ……」


 意識をほとんど失いかけていたラシードが、急に体の異変を覚えて短い声を発した。まるで火が燃え移るかのように、首飾りの宝石が放っていた光は彼の胸にも伝播し、それが全身に広がって、ラシードの体は黄金の輝きを放つ強い魔力に満たされる。


「あの女の人と、同じ……?」


 レオパルドスゼノクに変身した先ほどのメリッサと同じ現象が、ラシードの身にも起こっている。ハミーダが驚嘆して息を呑み、カリームも目を見開いて呆然とする中、ラシードを包み込んだ光は徐々に勢いを増し、炎の如く燃え上がった。


「俺は……」


 当のラシード自身も、己の身に起こっているこの信じ難い超常現象に戸惑いを覚えていた。体内から湧き出してくる無限の力が、生死の境を彷徨っていたはずの彼を急速に快復させ、今まで以上に強めている。胸にあった大きな傷は見る見る内に治癒されて塞がり、大量の失血によって衰弱していた体には今やあふれんばかりの生気がみなぎっていた。


「うっ……ウォォォォッ!!」


 不意に、理性が吹き飛ぶような強い衝動に襲われてラシードは発狂したかのように叫んだ。人間のものとは思えない狂暴な咆哮に共鳴するかの如く、彼の体から発せられていた魔力の炎は一層燃え盛り、爆発的に炎上する。血走った恐ろしげな目をしながらゆっくりと立ち上がったラシードの軍服の上で光は徐々に集束し、彼の全身を包みながら物質化していった。


「これは……」


 それは鎧よりも厚く、鋼よりも硬い骨の装甲。人体を隙間なく覆い尽くす、獣人の姿を模した頑丈な外骨格であった。手足の指からは長く鋭い鉤爪が伸び、口からは肉食獣を彷彿とさせる湾曲した太い牙が覗いている。長い硬質の(たてがみ)に囲まれた仮面はライオンを想起させる造形をしていた。死の淵から奇跡的に蘇ったラシードは不言色(いわぬいろ)の獅子の化身・レオゼノクへと変貌したのである。


「そんな……隊長が、あの怪物たちと同じ姿に……?」


 アイン・ハレドの村で怪物と化して蘇生したゲルトらと、状況は同じであった。二人の部下たちが慄く中、レオゼノクとなったラシードは大きく深呼吸し、野獣のような低く恐ろしげな唸り声を大きな吐息と共に発する。


「た……隊長。あの、大丈夫、ですか……?」


 恐る恐る声をかけてきたハミーダの方をぎろりと睨んだレオゼノクは一瞬、小さく牙を剥いて彼女を威嚇するような動作を見せた。驚いてびくっと身をすくめたハミーダに右手の爪を向け、襲いかかろうとするかに思われたレオゼノクだったが、ちょうどその時、外から聞こえてきた大きな物音に反応してそちらへ振り向く。


「ラシード隊長……」


 カリームとハミーダが恐れと心配の眼差しで見つめる中、レオゼノクは店の床を濡らしていた自分の血を鉤爪の生えた足で強く踏み締め、胸に宿った獰猛な闘争本能に導かれるまま、戦いが繰り広げられているハル・マリアの外へ向かって言葉もなく歩き出した。

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