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転生したのはモブだったはずの世界にて  作者: 黒乃きぃ


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30/30

30.モブキャラからの脱却

これにて完結です。

27話からは一気に読んで頂きたくて、最終話が書き上がるまでアップ出来ずにいたら気づけば1年経ってました…本当にお待たせいたしました!!

「イルシュナー、どういう意味だい?」

 ニタリとした笑みを浮かべたイルシュナーに、キールが待ったを掛ける。目を掛けるに足る、とイルシュナーは言った。確かにエリスは学園の中でもイルシュナーに近い学生であろう。それはキールに近しいからこそ、薬学を授業の範疇を超えて学ぶ必要をエリス自身が感じたからで、個人的にイルシュナーに師事しそれを医務室に還元してきた。イルシュナーとの関係性は、エリスが主体であったはずだ。キールもエリスがイルシュナーに師事した背景から何から把握している。疑問符を投げかけるのは当然だった。

「どういうも何も。私が個人的に学生誰かに授業外で手取り足取り薬学を教えたことなんて、クラウンさん以外にありませんよ。」

「それはでも、エリスが頼んだからだろう?」

「ええ、勿論。とはいえ仮に、個人授業がなかったとしても――その場合は何か別に、接点を作ったでしょうね。」

 エリスから近付いてくれて好都合だった、とイルシュナーは笑う。

「彼女はね、魂の匂いが違うんですよ。」

「魂の、匂い…?」

「気配、と言ってもいいかもしれません。今までも何人かいました。ああ、そう……フルール姉妹の姉の方、彼女もそうですね。」

「!」

 魂の匂い、と言われキールと共に首を傾げ疑問符を浮かべていたエリスだったが、挙げられたジェーンの名前に目を見開く。まさか、と思いつつ続くイルシュナーの言葉を待った。

「過去に…そう、初代王の彼もそう。私に骸を託してくれた人の中にもいました。数年…いえ、数十年に一人、二人出会うだけなのですけどね。」

「……魂の匂いが違う、とは、一体どういうことなのですか?」

「さあ?」

「さあ、って、イルシュナー。」

「私にも分からないのだから致し方ないでしょう。ごくひと握りそういうヒトがいて、そのヒト達は間違いなく私の予想を超えた動きをしてくれる。面白いことの中心には大概そういった方々がいる――となれば起爆剤のような存在で、近付いておきたいのは自然の摂理でしょう?」

 退屈は死に至る病なのだからとイルシュナーはくつくつと笑った。要領を得ない、とため息を吐くキールと対称的に、エリスは放心気味だった。

 イルシュナーの言う魂の匂いの違い。それは恐らく、転生者だからこそなのだろう。ジェーンとの唯一無二の共通点はそれだ。そして初代王は、イルシュナーは語らなかったが恐らく、ヒトに紛れ込む前のイルシュナーを受け入れたのだろう。だからこそ縁が生まれ、彼はこの地に根付いた。もしも転生者だったというのなら――もしかすれば、純粋にこの世界に生まれた人間よりも、イルシュナーを受け入れやすかったのかもしれない。だからこそ友人となったのだろう。

 だが、とエリスはふと思う。エリスの知る限り、イルシュナーはジェーンとあまり深い交流はないように思う。その疑問符が、エリスを思考の海に沈み切るのを防いだ。

「……ですが、教授はあまりジェーン様とは交流がないのでは…?」

「ええ、そうですね。フルールさんだけでなく…今の学生達を見ているとクラウンさん以外で積極的に交流を持ちたい学生がいないので。」

「ジェーン様は魂の匂い? が、違うのにですか?」

「ふふ、ええ、そうです。」

 矛盾している、と指摘するエリスを、イルシュナーは喉の奥で笑う。冷めてしまっているだろう薬草茶を一口飲み、それから背もたれにゆるりと体を預ける。ぴしりとした印象の強いイルシュナーからは想像しがたい、けれどだらけたというよりも余裕を感じる態度だった。

「貴女はキールと幼少期から関わりがあったでしょう。だから、クラウンさんの事は以前から面白そうだと思っていたのです。フルールさんは…正直、彼女はあまり面白いことをしてくれそうにはない。彼女は何か彼女なりの信念に則って動いているらしいのは分かるのですが…それが何をこの世界にもたらすのか。あまりね、彼女は大きな起爆剤になりそうもない。ならば、と。」

「面白い事の中心になりうると思えるエリスだけに絞った、と?」

「そういうことです。クラウンさんは面白い。だからこそ、キールを救ってくれた。仮にフルールさんと私が関わっていたとして、それでもキールを救うのを、彼女に託すことは無い。」

「それはボクとの関係性もあるだろう?」

「何をしでかすか、こちらの予想を上回ってくれるヒトだったならば、関係性はさておき託す価値はあるでしょう。けれど、彼女には託したとて、ですね。」

 ジェーンでは面白みに欠ける、というイルシュナーの評価は、エリスからすればさもありなん、という内容だった。ジェーンは『物語』を、ジェーンの知識に基づいて進めている。そこに波を起こす意思も意図もなく、イルシュナーの求める起爆剤の役割にはなりえないだろう。

 一方のエリスは自分が『もぶきゃら』である自覚がある。自覚があるからこそ、物語の主軸から外れ、ジェーンに対し自分の人生を自由に生きているだろう。もちろん過度に目立つことはエリスの意図するところではないが、どうしても今世の道理から無意識的に外れてしまう部分は避けられない。そしてこの世界の価値観で考えうる予想を超えるか否か、という部分もジェーンとエリスの行動基準の差異が出るはずだ。

「…成程、分かりました。」

「今の説明でエリスは納得できたのかい?」

「ある程度は…? わたくしとジェーン様では、言うなれば指針が違いますから。その部分が違えば、教授の求める結果に繋がるか否かを鑑みれば、まあ…。」

 すべてが納得できたわけではない。そしてイルシュナーがどこまでエリス達の事情を把握しているかは分からない。だが、エリスの仮説に基づけば、成程と納得できる部分が多い。エリスは一旦、諸々飲み込んで納得することにした。

「わたくしがイルシュナー教授の興味を惹ける人間であったこと。それがキール様を救う手立てになりえた。その事実が一番重要です。それ以外は些事です。」

 些事、と言い切りながら、エリスは一つ腹に決める。

 今まで物語のその先を目指して、『もぶきゃら』の自覚を持って生きてきた。けれどもジェーンと話し、イルシュナーの話を聞いた今、自分が生きているこの世界が、『げーむ』から明確に逸脱した世界だとようやく確証が持てた。というよりも、『げーむ』は『げーむ』として、今世は今世と切り分ける覚悟が持てた。これまではどこか『今世はげーむの世界である』と思うことによって、自身の生に対する責任を、どこか放棄していた自覚がエリスにはある。

 ただもう、それをやめようと思った。己が生きている『今』こそが現実で、己の知る『げーむ』はきっと、もしもの世界でしかないのだと。そしてその時間軸を過ぎ去った今残るのは、『今の現実』を生き抜いた自分たちの行動の成果だ。であればもう、『もぶきゃら』という自覚に縛られるのは、やめようと思ったのだ。

「…わたくしは今まで、色々なことをどうしようもないものだと思って生きてきました。」

「エリス、」

「両親のことだけではないんです。勿論両親のことは含まれます。ただ、それ以外に関しても。」

「…むしろ今回の聖女関係はクラウンさんの動きは逆行しているように感じますが。」

「そう見えるかもしれませんが…わたくしとしては、と思っていただけたら。」

 わたくしの考えは、読めないのでしょう? エリスは主にイルシュナーに、それからキールに苦笑して見せる。今回の聖女関係、傍から見ればエリスの動きは能動的に、何かを変えようと明確な意思を持って動いているように見えただろう。だが、エリスの主観としては違う。物語がセオリー通りに進行することを前提に、その中でなるべく波風立たず、平穏に全てが終わるようにと動いたに過ぎない。エリスが目指したのは、『げーむ』から自分が解放された未来で、その未来が少しでも自分が生きやすいものになればいいという打算で動いていた。───己が、『もぶきゃら』であることはどうにもならない、という諦めの中で。

「わたくしは…正直言って、自分の人生を生きること、に対して熱量が持てなかった。平穏に生きられればそれでいいと。それ以上は、求めないと。」

 平穏以外求めなかった。家庭環境からしてもむしろその平穏からすら、程遠いところにいたのをキールもイルシュナーも知っている。知っているからこそ、その平穏を求めていたエリスの切実さも察して有り余る。

「ですが。」

 目を伏せて苦笑っていたエリスが、ふっと顔を上げる。その瞳が、今まで見たこともなく強く、キールとイルシュナーは思わず息を飲んだ。

「今回のキール様の一件しかり…わたくしがわたくしの人生を、ちゃんと生きようとすることで、向き合うことで、できることがある。だから…どうしたら良いか、何も分からないですけれど。わたくしらしく生きたい、と…イルシュナー教授の話を聞いて、改めて思いました。」

「…改めて、ということは、ある程度気持ちは決まっていらしたのですね。」

「ふふ、そうですね。実はジェーン様と色々お話しまして。そこで思うところがありまして。」

「ジェーン嬢と?」

「ええ。…キール様がわたくしと生きようと、決めてくださったことがきっかけではありました。でも、自分の選択に自信が…持てなくて。ジェーン様に背中を押されて、今、改めて後押しされたように思うのです。」

 ふんわりと微笑んで見せるエリスの表情は晴れやかだ。元が年齢不相応に落ち着ききっていたエリスだ。年相応、は言い過ぎだろうが今までどこか何かを諦め、達観していた落ち着ききっていたエリスの雰囲気が、どこか明るく見えた。

「わたくしは、わたくしのやりたいように生きようと思います。」

「…うん。そうして欲しい。エリスはエリスの生きたいように、生きるべきだよ。」

 いつかのエリスは、やるべきことをやる、と言った。けれど、やりたいように生きる、と言ったエリスの姿に、キールは万感の思いだった。思わずエリスの足元に跪いて、手を握ってやる。エリスが自身の幸せのためにいきること。それこそがキールの願いだった。そしてキールの願いを知っていたイルシュナーは、そんな二人に拍手を送った。

「クラウンさんの感情の変化は喜ばしいものですね。変化したクラウンさんがまた、何をもたらすのか…楽しみでなりません。」

 単なる教員として接していた時からは想像もつかないほどにこやかに、イルシュナーは笑った。エリスの変化、というよりも今後への期待感をにじませるイルシュナーに、キールはあきれ返った視線を送る。そんな二人それぞれの反応に、エリスは晴れやかに笑った。

 エリスの知る『げーむ』のストーリーはほぼほぼ終わった。近日中にグローリアとクリストフの婚約が発表される。そこがエンディングだ。ヒロインたちが大団円を迎えた先、波風立てずに静かに生きていくのを目指していた。けれど結果は、大団円の中に自分も、キールも、本来ならば全員含まれないはずの攻略対象たちも全員含まれている。その結果を導き出したのが自分だとは思わない。勿論エリスもその結果に貢献こそはしただろう。けれども、それぞれがそれぞれらしく生きた結果の今だ。エリスだけが役目に囚われていた。

 夢物語は終わったのだ、とエリスはほっと息を吐いた。転生したら『もぶ』だった―――が、その役目はとうに終えていたのだと、目の前で雑談を繰り広げるキールとイルシュナーを眺めながら、噛み締めていた。

 これからエリス自身の物語が、きっと本当の意味で始まるのだと微かな期待に胸を躍らせながら。

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