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転生したのはモブだったはずの世界にて  作者: 黒乃きぃ


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29.知らなかった世の理

4話連続更新3話目です!

 羞恥心との戦いだったランチタイムを終え、エリスとキールは授業に出る他の面々と別れた。向かうはイルシュナーの待つ薬学準備室だ。

「イルシュナー教授にお礼を言わなくてはなりませんね。わたくしが間に合ったのは、教授のおかげですから。」

「うん、そうだね。」

 ニコニコと上機嫌を隠しもしないキールに連れられ、廊下を歩く。昼食の途中まで、エリスは悩んでいた。キールが自分を選んだのは物語の強制力か、ジェーンにキール自身にも選択肢があると言われたことで晴れたはずの気持ちが、実際にキールの顔を見てもう一度首をもたげたのだ。だが、ごく自然に心ごとエリスに寄り添おうとするキールの態度に、悩みは一旦棚上げすることにした。

 強制力か何かが働いていたとしても。エリスの心にここまで真摯に向き合い、献身を捧げてくれる目の前のキールに心を向けず、あるか分からない事象に悩んでいるのは不誠実だと思ったのだ。今世は地獄だと悟った気持ちで生きてきた十数年。仮に強制力とやらがあるとするのなら、エリスのこれまでの悩みも、エリス自身の悩みではなくただの物語への感情移入と同義になる。それは嫌だと思ったし、理由がなんだろうとお互いに選び合ったなら、二人とも幸せにならなくてはと、どこか使命感のような気持ちが燻るのをエリスは感じていた。それはもしかしたら、『自分にとって大切な人だけ』と割り切りながらも周りを幸せにしようとするジェーンの本音に触れたからかもしれなかった。

「やあ、イルシュナー。先日はありがとう、君の采配のお陰で命拾いしたよ。」

「文字通りの、ですね。ようこそ、クラウンさん。」

 気の置けない友人、といったやり取りを繰り広げるイルシュナーとキールにおや、と思いつつ、エリスは促されるまま室内のソファーに腰掛けた。隣にはキールが座り、紅茶代わりの薬草茶をサーブしつつイルシュナーが向かいの席に落ち着く。

「さて、二人とも体調に変化は? 魔力酔いも? …特にないのなら何よりです、必要とあれば二人分の薬程度ならこちらで作りましょう。」

「えっと…?」

 さてさて、とずいと体を乗り出して、イルシュナーはキールとエリスを見聞する。謎の多いイルシュナーのこと、キールの魔力暴走の現場にエリスを送り込んだ当事者だからこそ、エリスたちの真実を知っているであろうことはエリスも想定していた。けれどアフターケアと言わんばかりの態度は謎が多く、思わず素直に疑問符を浮かべる。

「あぁ、エリスにはイルシュナーのことをしっかり話したことは無かったっけ?」

「そういえばそうですね、クラウンさんにはつい、知っている前提でお話してしまいました。」

 はて、何を。エリスが小首を傾げている間に、キールが室内の音が外に漏れ出ないよう魔術をかける。

「エリスはイルシュナーについて何か感じたことは?」

「感じたこと…? 感じたこと、というか……教職員で出自が開示されていないのはイルシュナー教授だけ、ですので…それが気になっては、おりましたが…。」

 知っているのはイルシュナーという名と、女性とも男性ともつかない美しい顏。国随一といって過言ではないほどに薬学に精通しており、学園にはかれこれ十年ほど勤務している。紅茶やコーヒーの類が飲めず、薬草茶を専ら好んでいる。魔力持ちらしいが混魔や先祖返りに肩入れしている。エリスが知るイルシュナーとは、そんな謎多き、ただエリスにとっては親しみやすい人物である。

「私を親しみやすいなんて言うのは、この国中探してもクラウンさんくらいのものでしょうね。」

「そうでしょうか…?」

「ええ。……さて、そんな貴方もどう変わるやら。」

「変わる…? え、」

 くつくつと喉の奥で笑ったイルシュナーが、一瞬目を伏せ――そしてエリスと次に目を合わせた時、その瞳の瞳孔は縦に裂けていた。魔力持ちとはいえ、とても人間のものとは思えない瞳だった。

「……魔族?」

 元の濃い茶の瞳が、赤黒い瞳に変わったその様は異様だった。瞳は人のそれでは無いのに、感じる魔力はいつものイルシュナーのもので、違和感しかない。ぽつり、エリスがこぼした単語に、イルシュナーがにんまりと口角を吊り上げる。

「流石クラウンさん。取り乱すくらいはするかと思いましたが、堂々としたものですね。」

「…これでも驚いてはいるのですが…。」

 驚いている、とエリスは言うが、イルシュナーから見えるエリスは魔力の乱れもなく落ち着いたものだ。エリス自身は本人なりに驚いているのかもしれないが、予想の何倍も薄いリアクションに拍子抜けして、イルシュナーは縦に裂けていた瞳孔を元に戻しながら品良く笑った。

「イルシュナーと言うのは、今使っている人としての偽名です。クラウンさんの言う通り、魔族ですよ。」

 種明かし、と微笑むイルシュナーはいつも通りで、それがまた空々しい。キールはイルシュナーの態度に苦笑いを浮かべるだけで、この場を取り持つ気はないらしかった。

「……わたくしの言う通り、とはおっしゃいましたが、単なる魔族ではないのでは?」

 イルシュナーにサーブされた薬草茶を一口飲み、唇を湿してからエリスは口を開く。

 イルシュナーから感じる魔力は、魔力持ちのものだ。否、限りなくそれに似せたものだ。つい最近、エリスは似た魔力に触れている。アンカースの操っていた人形。女性とも男性とも取れる美しい見目、あからさまなほど露骨に肉体という器の中に閉じ込められた溢れんばかりの魔力。先程の赤黒い瞳、明かされない出自。

 王族も通うこの学園に、魔族が単に紛れ込んだわけではないだろう。きっと国の上層部は暗黙の了解で知っている何かがきっとある。

 そう推理したエリスの問い掛けに、イルシュナーは柔らかく微笑んで、それから満足気に拍手をした。

「ヒトの王からは、魔族の始祖と呼ばれたこともあります。」

「……!」

 始祖。魔族そのものの始まり。それを聞いて流石のエリスも目を見開いた。

「クラウンさんは、この国がどうして魔族と混ざりあったか――その歴史についてある程度はご存知ですね?」

「建国初期から、魔族と共存して発展してきた、と。」

「そう、その通り。――初代王は、私の良き友だったのですよ。」

 イルシュナーは何かを懐かしむように遠くを眺めた。それはここにもう居ない、過去の友の姿だったのかもしれない。

「初代王と私に縁が生まれ、この地に元々眠っていた魔力が目覚めました。きっと魔族も魔物も、この地を目指すようになる。いや、それよりも土地に根付く人々にも魔力が花開く――私は友との永劫の絆の証として、この国を見守ることにしました。」

「……人に紛れ、ですか? ですが人形に関する技術は、」

「ええ、ここ数十年のものですね。それまでは――まあ褒められたことではありませんが、ご理解をいただけた方の骸をお借りしていた時代もありますね。」

 魔力を人が感知できるようになるまで。魔力持ちが多く産まれるより前は、イルシュナーは元々の魔族としての体を人に擬態させて紛れ込んで過ごしたらしい。ただ、人に魔族の血が混ざり、土地の魔力が濃くなっていくにつれ人ではないことを誤魔化しにくくなる。

 どうしようかと悩んでいるときだったという。ちょうどその頃知り合った、病で余命幾ばくもない青年がいた。

 彼は生まれてからをほぼベッドの上で過ごし、もう助からないなら最期に好きなことを――そう促され初めて己の足で向かった図書館で、イルシュナーに出会った。病床の彼の友人は本だけだった。そんな彼はイルシュナーに出会い、初めて本について人と語らったのだという。そうして話し込むうちにイルシュナーが人ではないことに気が付き、イルシュナーにその骸を託したのだという。

「自分の代わりに、色々なものを見てきて欲しい。そう頼まれたのですよ。」

 初代王が亡くなってから、初めてできた友人。彼はイルシュナーに骸を託し、その約束を一方的に取り交わしてすぐに儚くなったのだという。

「……ではイルシュナー教授は、ご友人の願いを叶えたのですね。」

「ふふ、そうですね。十分に叶えられたのかは分かりません。当時私はまだヒトの体の脆さに疎く……思っていた以上早く、彼の体は駄目になってしまった。」

 友の体を埋葬してから、今度はまた元の体で放浪し、時折誰かから骸を託されてはそのヒトの代わりに生きる。そうして王族も何代も代わり、最早誰もイルシュナーを――初代王の友を忘れてしまっただろう頃、先々代の王が、イルシュナーを探し出した。

「彼は初代王の手記を読み、私を探したそうです。この国を長く見守って欲しいと。そのための器も、必要ならばヒトとしての地位も与えると。あまりに打算塗れでしたが、国を長く統べるために、私と手を取る必要があると彼が考えているのは分かった。友の遺したこの土地を良きように守り抜いてくれるならと、私は彼の誘いに乗ることにしたのです。」

「……そうして、教授職に?」

「ええ。もう顔と名前は三つ目ですが。学園ならば国の中枢に近く、それでいて日々何かが起きて退屈知らず。これまであちこちをふらついていた私にも、それなりに楽しい環境で彼には本当に感謝しています。」

 にこり、と微笑むイルシュナーの表情は満ち足りていると言わんばかりで、エリスはそれに笑みを返す。確かに学園は退屈知らずの環境だろう。今代は聖女の登場に揺れ、何代か前には婚約破棄が流行りかの如く横行した年もあるという。

 学生たちは貴族として教育は受けているものの、あくまでも思春期の子供だ。それが小さな社交界とも言える学園に、親の目のない環境に身を置いてどうなるか。品行方正にいく者もいれば、反骨精神や反発心から途方もない結果を弾き出す者もいる。一筋縄では行動原理が読み切れない。イルシュナーの言う通り、日々どこかで何かしらのトラブルは大なり小なり起こっている。

「イルシュナー教授にとって、今が良き生なのであればそれが何よりです。」

 零れ落ちたのはエリスの心からの思いだった。エリスにとって今世は、元々過ぎ去るのを待つ嵐のようなものだったが、キールの手を取り今まさに生き直しをしようとするところ。イルシュナーは建国前から生きていると言った。だが器を入れ替えて過ごす、そのそれぞれの生がイルシュナーにとって満足のいくもので、今もそうなのであれば。イルシュナーを教授として慕っていたエリスからすれば他人事ではなく、喜ばしい事実だった。

「ありがとう、クラウンさん。……この話をしたのには理由がありまして。」

「はい。」

 エリスの言葉を嬉しげに受け取ったあと、イルシュナーは苦笑いを浮かべた。だがエリスからすれば、まあそうだろうな、と予想の範疇だった。何せ今聞いた話は本来、一介の学生が聞くものでは無い。何かしら理由、それも多分七面倒か、厄介な理由が伴うだろう。エリスは覚悟を決めてイルシュナーに向かい合った。

 その真っ直ぐな瞳を、イルシュナーが何処か懐かしげに見つめるのを訝しみながら、言葉の続きを待つ。

「魔力暴走の危険性のなくなったキールは、これから私の器の調整役となります。従ってクラウンさんもまた、その役割を一部担って頂くことになるかと。」

「……キール様が負われる役割であれば、確かにわたくしも知っておくべきですし、一部を担うのも道理ですね。イルシュナー教授、話しにくかったであろうお話を…ありがとうございます。」

「……!」

 イルシュナーの本来の姿を明かすのに、わざわざ友の死まで語る必要は無い。ヒトの骸を扱っていたというのも、忌避されかねない内容。驚きはもちろんあった。だがそれよりも、隠すことも出来た内容まで開示し説明してくれたイルシュナーの誠意に、エリスは頭を下げる。

「ふふ、やはり貴女は面白い。目を掛けるに足る。」

「は…?」

 クスクス、と心底楽しくて堪らないとイルシュナーが笑み崩れる。その表情にはヒトらしい温みはなく、まるで獲物をいたぶる猫のような。冷えているのに満面の笑みと、呟かれた言葉の僅かな不穏さにエリスは小首を傾げた。

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