第1話 錬金術
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仕事が終わり、執務室が夕焼け色に染まる頃、アリアは片付けを進めるアルヴィスに声をかけた。
「なぁ、明日って王立錬金術研究所の視察だっけ?」
「ええ。カランド大臣が案内してくださるとのことですよ」
「大臣が? なんでだろう」
アリアの疑問に、レミィは棚から一冊のファイルを取り出して中身を確認したのち、机の上に広げた。
「カランド大臣は、錬金術研究所の責任者もなさっているようですよ。ここにお名前がありますし」
「あ、本当だ。だから、あんなに熱心に錬金術について話していたんだな」
アリアは以前『陛下に錬金術の資金援助を頼んで欲しい』と頼まれたことを思い出す。
結局あのあとすっかり忘れてしまい、国王には伝達できていないままなのだが。
とはいえ、必要だと感じていれば誰に言われずとも自然と金払いもよくなるというもので……。
おそらくレガート国王は、錬金術に重きを置いてはいないのだろう。
――結局、錬金術ってなんなのかな。大臣が熱心に『賢者の石が……』って話していたけど、金を作り出す研究とは違うの?
アリアが大臣とのやりとりを思い返していると、ノックの音が遠慮がちに響く。
この時間、来訪者の予定はないはずなのにとアリアは首をかしげる。
アルヴィスとレミィは、良からぬ知らせや困った相談でもあるのでは、とばかりに顔をしかめた。
「どちら様でしょう」
アルヴィスが穏やかに問う。返ってきたのは「ローラン・ハリーだよ」という、活気ある女性の声だった。
「ローラン先生? レミィ、開けてあげて」
アリアの促しに、レミィはかしこまりましたとうなずいて扉を開けた。
「ああ、よかった! 突然来たもんだから、開けてくれるかちょいと心配だったんだ」
「医師が、王子殿下になんのご用事です?」
アルヴィスが間髪入れずに厳しい声色で問う。
申請もないまま王子の執務室に突然訪問するなど、普通ならばありえないことだ。
いくら仲がよくても場所と立場をわきまえろと、アルヴィスは自分のことを棚に上げ、側近として釘を刺したのだろう。
「そうだったね……王子殿下、礼儀を欠いて申し訳ございません」
ローランは途端に眉を落とし、いつもの活気はなりを潜めた。
「ローラン先生、何も問題ないよ。ちょうど仕事も終わったところだし大丈夫。固くならずにいつもどおりでいいからさ! な、アルヴィス」
「殿下がそうおっしゃるのなら」
にこりとアルヴィスもうなずき、ローランは安堵したように微笑んで、深々と頭を下げた。
「悪かった、甘えてたね……。でも、どうしても今日中に伝えておきたいことがあったんだ。三人とも明日、錬金術の研究所に行く予定なんだろ?」
「そうだけど、研究所に何かあるのか?」
アリアの問いかけに、ローランは言いにくそうに口をもごつかせた。
「何かがある、というわけではないし、何の確証もないんだけどさ。なんだか、心配になっちまって」
「心配、とは?」
はっきりしないローランに、今度はアルヴィスが問う。
しかめっつらのローランは深く息を吸い込んで、ぽつりぽつりと話し出した。
「アタシは旅の途中で、他国の錬金術師に関わったことがあってね。だけどアイツら皆、妄執に取り憑かれてるみたいでおかしかったんだ……。錬金術は魅力的で、夢のある学問に見えるかもしれない。だけど、心まで明け渡しちゃならないよ」
理由もわからず首をかしげるアリアたちに、ローランはどう説明したものかとばかりに視線を落として、頭を掻きむしる。
やがて、顔を上げてアリアを見つめた。
「錬金術なんてモンは、大博打だ。金と時間はあっという間に溶けて消えて、おまけに自分も健康被害……失うものの多さに、辞めるに辞められなくなるんだろう。あれは医学・薬学と違って、危険な学問だとアタシは思う。心が弱く、野心家で、夢見がちなヤツには特に」
ローランの助言を受けたものの、三人は錬金術について造詣が深いわけでは決してない。
説明を受けたところでいま一つピンと来ない様子だったが、アリアはローランを安心させようと「わかった」と頷いた。




