第6話 狩り
憎らしいと告げられたアリアはぴくりと身体を震わせて、無言のままアルヴィスを見つめた。
「貴方様は生まれながらにして恵まれた立場で、能力や容姿にも恵まれ、すべてを持っていました。悩みなど一つもなさそうな面白みのない優等生は、見ていて虫酸が走るほどで……」
いつもの胡散臭い微笑みはどこへやら。アルヴィスはアリアが何も言わないのをいいことに、真顔のまま淡々と語り続ける。
「なにもかもが想定内で、典型的。こんな御しやすそうでつまらない王子になぜ僕が仕えなければならないのか苦痛で……って、聞いていますか?」
アルヴィスは言葉を止めて眉を寄せ、あきれたように口元を曲げた。
延々と悪口を聞かされているアリアは不愉快そうな顔や悲しげな目をすることもなく、にこにこと楽しく話を聞いていたのだ。
「ちゃんと聞いてるよ。続けて」
「いえ……話す気が失せました」
「え、なんで!?」
「それはこっちのセリフです。憎まれて、没落まで願われていた、御しやすそうと思われていたと聞いて、なぜそんなふうに嬉しそうなんですか」
わけがわからないといった様子のアルヴィスにアリアはあっけらかんと笑った。
「だって、それ昔の話だろ? いまはそんなふうに思っていないのは、さすがに俺でもわかるよ。アルヴィスから学生時代の話が聞けるのめずらしいし、もっと聞きたい」
「……痛い思いをさせて、遠回しに忠告をしようとした僕が馬鹿でした」
アルヴィスは頭を抱えて、深い溜め息をこぼす。
やがて、顔を上げてまっすぐにアリアの目を見つめた。
「これはもう、単刀直入に言ったほうがよさそうなので、言わせていただきます。悪意は、それとはわからぬ形で、すぐそばに潜んでいますよ。安易に他人を信じ、受け入れるのはおやめになったほうがよろしいかと」
金色の瞳に気圧されて、アリアは思わずうなずいた。
いつものように『気にしすぎだ』とか『皆いいやつ』だとか言える雰囲気ではなく、側近騎士としての矜持と覚悟を感じ取ったアリアは深く息を吸い込んでもう一度首肯した。
「わかった。十分に注意するようにする」
――悪意、か……。アルヴィスは、信じられる人っているんだろうか。さっきも『誰も信用ならないし、信じてもらおうとも思わない』と言っていたし。もしかして、私も信頼されていないのかな……。
心を預けているのは自分ばかりで、アルヴィスは自分のことなど、何とも思っていないのかもしれない。そう思うと、アリアは胸の奥がずんと重く苦しくなったような気がした。
♢
「もう少し、奥に行ってみましょうか」
そんなアルヴィスの言葉にうなずいてアリアがついていくと、コロコロとした黒い塊を見つける。
「この黒いつぶつぶ、なんだろう? 石や木の実って感じでもないし」
「これは、鹿のフンでしょうね。どうやらこのあたりは鹿の生息域のようです」
アルヴィスは、皮が剥がれた樹木をツノ研ぎの跡だと話し、背の高さより下の葉がほとんどないのも、鹿の仕業だと言った。
「鹿の行動範囲は狭いので、いまもこのあたりにいるかもしれません。警戒心が強い生き物ですが視力は良くないので、ゆっくりと探しましょう。どうか、お静かに」
アリアは小さくうなずき、アルヴィスの斜め後ろを音をたてずにそろそろと歩く。
アルヴィスが右手を横に出し、止まれの合図を出した。
立ち止まって、息をのむ。目を凝らすと、木々の隙間から、鹿のしなやかな身体が見えた。
アルヴィスは矢筒から音も立てずに矢を引き抜く。そのまま流れるような動作で弓を構え、鹿を見据えた。
息の詰まるような緊張感があたりを包み、しんと静まり返る。
黄金の瞳が光を集めて輝き、精悍で真剣な横顔から目が離せない。
綺麗だ。そう思った瞬間に、張り詰めた弦から手が離れ、矢が放たれた。
すぐに鳴き声が響き、鹿は崩れるように倒れ込む。二本目の矢が宙を駆けて吸い込まれるように喉元に刺さり、間もなく鹿は動かなくなった。
「さっきも思ったけど、弓の腕、すごいな」
圧倒されたアリアは、感嘆のため息を吐き出し立ち尽くし、アルヴィスは楽しげに笑った。
「お褒めにあずかり、光栄です。僕、本当は剣よりも弓のほうが得意なんですよ」
「そうなのか。せっかくの腕なのに普段使えないのは、もったいない気がするな」
騎士が弓を使うことは邪道で、よしとはされていないとアルヴィスは話していた。
騎士ではなく、王国軍の弓兵に志願したほうが腕を活かせるし、後々のことを考えるとよいのではないだろうか、なんて頭をよぎる。
「いいのです。王子殿下の側近候補になれるのは、貴族学園でのSクラスと騎士クラスの成績上位者各三名。弓兵では、候補になれませんから」
「でもさ、側近って解任されることも多いし、不安定な仕事って聞くけど。将来的に腕前が認められて出世すれば爵位をいただけて部下も大勢で、皆から憧れのまなざしで見られるんじゃないのか。そういうの皆、好きだろ?」
「確かにそういうのが好きな方は多いですけど、僕は全く興味がないです。それに、いまは……」
アルヴィスは目を伏せて、穏やかにくすりと笑う。
一人で楽しんでもったいつけるようなアルヴィスの態度に、アリアは口を尖らせて続きを促す。
「いまは?」
「殿下のおそばにいられることが、僕の喜びですから」
「え……」
柔らかな微笑みと優しい声色に、どくんと強く心臓が波打つ。
他意がないのは、アリアにもわかっている。側近として王子に仕える誇りの話をしているのだろう、とも。
だが、その顔でこのような言い方……これではまるで愛の告白ではないか。
アリアは視線を泳がせ、アルヴィスははっと息をのんで誤魔化すように笑った。
「……いまのは、忘れてください。さ、獲物を解体しましょうか」
ꕤ︎୭*ストック話数→9




