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第5話 射手

「ベルカント王子殿下、少々よろしいですか?」


 アリアが一人になった瞬間を見計らって、王国騎士の一人が話しかけに来る。

 どこか緊張した面持ちとひそめられた声にただならぬ雰囲気を感じとったアリアは、同じように小声で返した。


「いいぞ、なんだ?」

「このまま、アルヴィス・ノヴァリーを森に置いて帰りましょう。私どもがノヴァリーの魔の手から、貴方様を逃します。誰の手も汚すことはありませんし、私どもも事故として扱います。最後は大自然と野生動物とが始末してくれることでしょう」


 王国騎士の提案に『またこれか』と、アリアは眉を潜める。

 アルヴィスと同じ王国騎士で仲間のはずなのに殺しの算段をつけて提案してくるなんて、と耳を疑った。

 

「いや、おかしいだろ。俺は……」


 アリアが話し始めたとき、二人の顔の横を突風が通り過ぎる。

 ヒュンという聞き慣れない音に首を傾げると、王国騎士はアリアを守るように立ち、すぐさま抜剣した。


「殿下、ご無事ですか!? クソッ、正体を現しやがった!」

 

 緊迫した雰囲気を醸し出す王国騎士の背中から、アリアはおそるおそる向こう側を覗き混む。

 少し離れた場所でアルヴィスがこちらに向かって弓を構えており、ゆっくりと下ろす姿が見えた。

 先程頬をかすめたのは、弓矢が空を駆けたことで生じた風だったのだ。


「おや、正体とはなんのことでしょう。全く身に覚えがありませんが」


 くすくす笑うアルヴィスに、顔は見えなくとも王国騎士が怒りに震えているのが見て取れる。

 戦闘に関してはズブの素人のアリアでも、張り詰めた空気を感じ取ることができた。

 

「ヘラヘラと貴様、ふざけやがって……! 王子殿下を狙ったつもりが、外れたんだろう」


 思いもよらぬ言葉にアリアは目を見開く。

 アルヴィスが自分を狙って矢を放ったなどとても信じられないし、なにかの間違いだろうと立ち尽くす。


 あまりの緊迫感に一抹の不安を抱えながらアルヴィスに視線を送るが、彼は心配ないとばかりに柔らかく目を細めた。


「これはこれは、心外ですね。なぜ側近の僕が、殿下を害さねばならないのです? 僕の獲物はあちらですよ」


 彼が指さした先を辿って、王国騎士とアリアは振り返る。

 背後にあったのは一本の太い木。

 そこには虫の息のムジカヘビがおり、磔にされるがごとく、矢が突き刺さっていた。


「っ、ヘビだと! それならそうと……! 貴様、俺に恥をかかせてコケにしやがって」

「いいえ。勝手に勘違いなさっただけでしょう?」

「王子殿下に矢が当たっていたらどうするつもりだったのだ!?」

「僕が狙いを外すなどありえません。貴方じゃあるまいし」

 

 言い合う二人は睨み合い、一触即発な雰囲気だ。それにも関らず、アリアはアルヴィスのそばに駆け寄り、目を輝かせた。

 

「アルヴィス、すごいな! あの距離からヘビだけに矢を当てるんだもんなぁ。うわぁ、本当にすごいよ」

「恐れ入ります」


 すごいを連呼するアリアに、アルヴィスは満足気な笑顔を見せて一礼し、再び口を開いた。

  

「毒袋付近を外して射たので、よろしければどうぞ。殿下は毒がお好きそうなので」

「わぁ本当か! ありがとう!」


 アリアはもう動かないヘビに駆け寄り、顔周りを眺めたり触れたりと観察し始めた。


「ムジカヘビ特有の毒袋が膨らんでる。毒の準備も万端で、あとは襲いかかるだけの状態だったんだな」


 アリアの分析に、王国騎士が言葉をなくす。 

 アルヴィスが矢を射る前の位置取りを考えると、自分がヘビに噛まれていた可能性が高かったからだろう。


「よかったですね。噛まれる前で。あのヘビも毒も、しつこくて厄介ですから」

「しつこくて厄介、か……同類がよく言う」


 思い違いをしていた王国騎士は謝罪の言葉を述べることなく、小さく舌打ちをする。

 対するアルヴィスはすっと目を細めて、王国騎士に歩み寄った。


「そうそう。一つお伝えしたいことがありまして。僕ね、森慣れしているので、置いていかれても帰れる自信ありますよ」


 聞かれていたのか、と、王国騎士は苦虫を噛み潰したような顔で立ち尽くす。

 作戦が台無しになってしまった王国騎士は無言のままアルヴィスを睨みつけ、一方のアルヴィスは王国騎士を見下ろして、ふんと鼻で笑った。


「そこ、どいてくれません? 殿下をお護りするのは、貴方じゃない。この僕だ。それと、次に余計なことをされてしまったら……今度は手元が狂ってしまうかもしれませんので、ご注意を」

「っ……」


 弓を見つめて薄い笑みを浮かべたアルヴィスに王国騎士は気圧されたのだろう。じりじりと後ずさりをして道を開けた。


「なぁ、アイツに何か言ったの? すごい顔で見てる……」


 アリアは小声でアルヴィスに尋ねるが、彼はにこりと笑んで首を横に振った。

 

「殿下が気にされることではありません。誰も信用ならないし、信じてもらおうとも思いませんので。ああやるのが一番手っ取り早いんです」

「手っ取り早い、ってまさか、また恨まれるようなこと言ったん……」

「袋かビンはありますか? これも持って帰るんでしょう」


 アルヴィスはアリアの言葉を遮り、こちらを見ようともしない。

 『これ以上のやりとりは面倒だ』と言わんばかりの態度に、アリアは小さく息を吐き出した。



「そういえば殿下。詳細な情報をノートに書き足して、それからどうする気です? 出版でもなさるおつもりですか?」


 袋に入れたヘビの死骸を運びながらアルヴィスが問う。

 馬車のキャビン内に置いておくため扉を開けると、すでに毒花や毒キノコの入った袋がいくつも散乱していた。


「出版じゃなくて、危険な毒をピックアップして、知らせとして各町に配れたらいいなと思っているんだ。字は読めなくても絵ならわかりやすいし、毒で死ぬ人が減るかもしれないだろ?」


「なるほど。素晴らしいと思います。周知された毒は暗殺に用いることも困難となりますし、御身の安全にも繋がりますから」


 アルヴィスは馬車の中にある袋を整理しながら頷き、アリアも穏やかに微笑んだ。


――そう。毒は、暗躍するからいけないんだ。光のもとに引きずり出してしまえば、悪用だって減るはずだから。


「とはいえ、殿下の場合、毒を調べるよりも人の悪意に敏感になったほうがいい気がしますけどね。世の中、親切な人ばかりだと思ったら大間違いですよ」

「あはは。耳が痛いな! でも、俺の周りはいいやつばかりだよ。心配症だったり、わかりづらいだけで」


 アリアは屈託のない表情で笑う。

 まったく響いていない様子のアリアにアルヴィスは苛立ちを隠せないようで、深く息を吐き出した。


「いいやつばかり? それ、本気で思っているんですか。身近にいる僕でさえ貴方のことが大嫌いで憎らしく、いつか没落すればいいとさえ思っているのに」

ストック話数→6

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― 新着の感想 ―
アルヴィスの腕前すごい!! そして蛇の死骸を意気揚々と持ち帰るアリアも流石すぎるwww
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