第4話 甘い実
二人は厩にたどり着き、アリアは馬車に乗りこむ。
護衛としてついた王国騎士数名とアルヴィスは馬に騎乗し、王都近くの森へと向かった。
窓にうつる風景が城の敷地から活気ある城下町に、城下町から穏やかな平野、平野から深い森へと移り変わっていく。
一時間ほど馬車に揺られ、アリアたちはようやく狩猟採集に適したエリアへとたどり着いた。
アルヴィスに馬車のドアを開けてもらい、アリアは大地に足をつけて、空を仰ぐ。
狭い塔内や城の中庭、城下町とも違う、初めて見る景色だ。
草や木、土の匂いが混じり合った不思議な香りも、人の気配がまるで感じられない場所も初めてのこと。
名も知らぬ鳥が羽ばたき、虫や小鳥の鳴き声が響く。
風が頬を撫でて、草葉の擦れる音が聞こえる。
枝葉の隙間からは太陽の光が射し込み、大地をまばらに照らしていた。
「これが森……。神秘的で綺麗だな……」
圧倒されたアリアの口から、ほぅとため息が漏れ出る。
自分がどれほど小さな世界で生きてきたのかを思い知らされたような気がして、立ちすくんだ。
「殿下、この辺りに獣の気配はないので、まずは採集でもしましょうか。森にはクマやイノシシ、オオカミなんかも出るので、僕から離れないでくださいね。はぐれたら死ぬ。そのぐらいの気持ちでいてください」
「わかった。気をつけるよ」
顔を強張らせて頷くアリアだったが、ふとアルヴィスの足元の白いものに目を奪われて、表情を明るく変化させた。
「うわ、すごい! タマゴテングタケがある」
「僕はキノコに詳しくないのですが、これって美味しいんですか?」
アルヴィスと二人でキノコを囲むように座り込む。
オリーブ色の傘に、フリルがついた白い柄は可愛らしく、美味しそうではある。
「うーん。美味しいのかな。一本で致死量って言われているから、食べたことないんだよな」
「……致死、量? って殿下、まさかそれ持って帰る気ですか!?」
タマゴテングタケを麻袋に入れるアリアに、アルヴィスは声を荒らげる。
数本キノコを採集したアリアは、屈託のない笑みを浮かべながら立ち上がり、次の獲物を見つけた。
「大丈夫大丈夫、ちゃんと管理するから。あ! 見てみろ、ここにスズランがある。こんなに可愛いのにきつい毒があるなんて、びっくりだよな」
今度は根ごとスズランをとって、袋に入れた。
「案外、身近なところに毒はあるのですね。植物毒で最も強いのは、先日のジュピトローズですか?」
「ジュピトローズもきついけど、一番はトリカブトかな。葉っぱ一グラム摂っただけで、二十分以内に中毒になって、六時間以内に死ぬ」
「……葉一枚でとは、ずいぶんと強力ですね」
アルヴィスは目を丸くして、アリアは「とんでもない毒だろ」と苦々しく笑い、再び口を開いた。
「解毒方法もない、と一般的には言われているし、口にしたら最後、生き残るのも一種の賭けだ。ムジカに生息地はなくて、もう少し北の山岳地帯に生息しているらしい。ハーブのニガヨモギに似てるみたいなんだ」
「ニガヨモギ?」
「絶対アルヴィスも見たことあるはずだ」と、アリアは辺りを見回し歩き出す。
「お、ちょうどあった!」
背の低い草が密集しているところにアルヴィスも呼び、二人で座り込んだ。
「たしかにこれ、道端でよく見ますね」
「だろ? ニガヨモギは、船酔いとか虫除けとかに効くらしい。葉の裏に綿毛のような白い毛が生えていてさ。トリカブトの葉の裏に毛は無いから、それで見分けることができるんだ」
「白い毛……わかりやすい見分け方はそれだけなのですね」
アルヴィスは興味深そうにニガヨモギをむしってにおいを嗅いだり、指で葉を潰したりしていた。
「あ! 向こうにもキノコがある!」
すぐに他の獲物を見つけたアリアは目を輝かせて移動し、次から次へと袋に入れていた。
「先ほどから、食べられないものばかりむしっているじゃないですか」
夢中で採集をしていると背後から声をかけられ、アリアは振り返って楽しげに目を細めた。
「アルヴィスと反対だな」
「僕は、食べられないものや金にならないものに興味はありませんから。それでその毒の山、どうする気です? 殺したい相手でも?」
にぃ、とアルヴィスの薄い唇が弧を描く。
笑っていない目がどこか冷たく、鋭く光る。
「殺しなんて、物騒だなぁ。スケッチしたり押し花にしたりして、特徴を詳細に残しておきたいんだ。ノートには詳しい絵の記載はなかったから」
アリアは再びキノコを見つめて、においを嗅いだり、つついたりして観察を続ける。
気が済んだアリアはキノコを袋に放り込んで立ち上がり、アルヴィスを見上げた。
「本当は解毒方法がわかるものとか毒性が少ないものとかは自分で試して書き留めたいんだけど、前に見つかっちゃってこっぴどく叱られちゃったからさ」
「そりゃあそうでしょう。貴方様は一国の王子なのですから。しかし、王子殿下は以前からそのような一面もお持ちだったのですね」
――まずい。余計なことを言っちゃったかな。
アルヴィスの返答にアリアは冷や汗を垂らして苦笑いを浮かべる。
彼は相手のことをよく見ているし、なにより勘が鋭い。少しの油断が命取りになるだろう。
どうにか誤魔化さなければと、慌てて話題を転換した。
「ああ、まぁな。それより、さっき赤い実を取ってたよな。食べられるのか?」
アリアは、アルヴィスの持つ袋を指差す。
話のそらし方が強引だったか、と不安に襲われたが、普段から破茶滅茶なことをしているせいか別段気にされなかったようだ。
アルヴィスは袋の口を開けて、中身を見せてきた。
「木苺なので、食べられますよ。このままでも甘酸っぱくて美味しいので、召し上がってみます?」
袋の中を覗き込むと、甘くみずみずしい香りのする赤い実が大量に入っている。
もぎたての果実の芳香に、アリアはごくりと唾液を飲み込んだ。
「うわぁ、いいのか? 食べてみたい!」
前のめりで言い、毒見のためにアルヴィスが袋の中の実を口にする。
アリアも待ち切れずに袋に手を入れようとするが、すぐにアルヴィスが静止した。
「毒物を触った手で、おやめください」
「うっ、確かにそうだな。でも、どうしよう……洗い流すにしても水がたくさんいるし……」
アリアは、しょんぼりとうなだれる。
美味しそうな果実を前にお預けをくらい、小さく腹が鳴った。
「まったく、仕方がない方ですね」
悲しみにくれる子犬のようなアリアを見かねたのか、アルヴィスは小さくため息を吐きだす。
水筒の水で指先を軽くゆすいだアルヴィスは、実をつまんで差し出した。
これは、代わりにつまんでやるから食べろ、という意味だろうか。
歳も変わらないのに子ども扱いされているようで少々複雑な気持ちになるが、背に腹は代えられない。
いまはこれしか方法がないのだ。
「ありがとう」
おそるおそる顔を近づけて、気をつけながら木苺を受け取る。
細心の注意は払っていたが、実自体が小さいため唇がアルヴィスの指先に触れる。
実を受け取るため触れるだけでは済まず、押し出そうとしてくれた指を唇で挟むこととなってしまった。
「――っ!」
同時に息をのむ音が聞こえて、アリアの心臓は強く跳ねる。
なぜだか気恥ずかしくなったアリアは身をすくめて、誤魔化し笑いを浮かべた。
「ご、ごめん、嫌だったよな」
「嫌だとかそういうあれではなく、ただ柔らか……いえ、なんでもないです」
動揺したようなアルヴィスにアリアは首を傾げるが、嫌ではないのならいいかと口の中で木苺を転がし、味わう。
「あのさ、アルヴィス」
「なんでしょう?」
摘みたての木苺の甘酸っぱさも、鼻から抜ける華やかな香りも、胸がきゅっと締めつけられて満たされる感覚も、いままで知らなかったもの。
もっと味わいたい。もっと、知りたい。
「……あと一個、食べたい」
アリアの頼みに、アルヴィスは頭を抱えて困ったように笑った。
「のちほど手を洗えばいくらでも差し上げるので、いまは勘弁してください」
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
作者の星影さきです。
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ここからどんどんお話が動いていくし恋愛も加速していくので、アリアたちを温かく見守っていただけると嬉しいです!
▼おしらせ
プロローグを新しく入れました!
もしかしたら、そのせいでしおりの位置が変わっているかもしれません。
現在、少しずつお話を書き溜めています。
今回からあとがきにストック話数を記載します。
週2回更新にするより、脱稿し次第毎日更新のほうがいいのかもな……と思っているので、いまのところは週1回更新でいきますね!
ꕤ︎୭*ストック話数→5




