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「率直に訊くが、あの蟻女どもは、おれたちをどうするつもりなんだ?」

 伯爵が尋ね、ゼモ族のボレは、また小ずるそうに、目をしばたたかせた。こちらも異様に平たい掌を揉むさまは、自身が握っている情報の価値を吟味しているようだった。

「どうすると思われます?」

「さあな。ミュルミドンとかいう種族については、よく知らないが、蟻の習性から考えると、まず餌だな。やつらは巣穴に得物を蓄えておくだろう」

「なるほど。この樹上の牢獄が、要するに、彼女たちの食料貯蔵庫であると?」

「あんたが二月もほったらかしにされていたのは、どう見てもまずそうだからじゃないか」

 ボレはまた、動物じみた含み笑いを発した。ここへ来て、急に疲れが出たのか、ぼくはぐったりと壁にもたれた。周囲が暗くなるにつれて、しだいに輝きを増してゆく蛍貝の化石を、ぼんやり眺めながら、この狐とモグラの化かし合いのような会話を、聞くともなしに聞いていた。

「いや、ご明察と申し上げておきましょう。半分は当たっておりますよ。蟻女たちによって、再びここを連れ出されたが最後、二度と日の目は見られますまい」

「殺られちまうことに、変わりはないってわけか。だが、餌にされるわけじゃないと?」

「ケケケ。伯爵さまでしたか、あなたも人が宜しくないですね。ここは、ミュルミドン蟻人の王国では、ございませんよ。所詮、あの者たちは、番兵に過ぎませんや。それくらい、とっくに気づいていながら、わざと無知を装っていらっしゃる。そうではありませんか?」

 狐とモグラは、ともに薄笑いを浮かべたまま、睨みあっていた。重くてうつろな、眠気に浸されながら、さっきボレが、ぼくの指輪に関心を示したことが、なぜか心に引っかかっていた。財宝に目がないゼモ族の者としては、当然の反応だが、どうしてもル・アモンのリアクションと重なってしまうのだ。

 ボレの平たい指におさまる指輪が、そうそうあるとは思えないが。ゼモ族の男は、語を継いだ。

「この際ですから、血を絞り出す覚悟の大さあびすで、わたくしめが握っているネタを、ご披露いたしましょう。さよう、この妖魔の森の樹上には、王にも公爵にも属さない、ひとつの小国が存在しております。まあ、国と申すよりは、部族と呼ぶべき規模なのですが、一応ここの支配者は、王を僭称しておりますからな」

「女王、だろう?」

「まったく仰るとおりで。そもそも蟻人たちは、男には従いませんからな。この国の名は、サフラ・ジート。女王をバブーシュカと申します」

「バブーシュカねえ。どうせ、二目と見られないご面相なんだろう。そのうえ残酷で、流血沙汰が大好きで、二言めには『首を刎ねよ』。そうやって血を浴びることで、ひすてりっくな欲求不満を晴らそうとするが、心の渇きはいや増すばかり。ついには国ごと滅ぼしてしまうという、似たり寄ったりの事例なら、ちょいと史書をひもとけば、ごまんと出てるぜ」

「じつに惜しいですな。まるで女王本人を、知っておられるような、核心にせまるご高説であります。ですが伯爵さまの予想に反して、女王は誰よりも美しいと申します」

「だれよりも?」

 と、思わず訊き返したのは、ぼく。ボレの小粒な目に、鋭い光が走った。

「ええ、だれよりも」

「ふん。美の基準ほど、見る者の主観に左右されるものはあるまい。十人十色、百万変化、タンデ草を食う虫も何とやら。ある者の目には、王国随一の美女と映っても、別の者の目にはオオヌマガエルにしか見えない。すなわち、『だれよりも』美しい女など、この世には存在しない」

「ところが、ここ、サフラ・ジート国には存在するのです。百人が見ても百万人が会っても、女王バブーシュカは美しい。美しく見えるわけがあるのです」

「まるで、謎々だな」

 ル・アモンは眉をひそめた。バシの実を噛み砕く音が、うつろに響いた。いつの間にか、鳥の鳴き声がぱたりと止んで、遠くで吠えた夜猿の一声が、淋しげに届いた。

「あんたはまるで、話をまぜ返して楽しんでるみたいだぜ。どんなわけがあるのか尋ねても、どうせまた謎をかけて、ごまかそうって腹づもりだろう。まあいいさ。力尽くで口を割らせるのは、趣味じゃないんでね。とりあえず、もとの質問を、いま一度繰り返させてもらおう」

 耳を前後に揺らしながら、ボレはまた、くくっ、と、含み笑いした。いかにももったいぶった様子で、腕組みをし、うなずきながら言うのだった。

「さよう。伯爵さまと魔法使い殿が、ここへ幽閉されましたのは、いずれ種を絞るのが目的でありましょう」

「種だと? 草や木じゃあるまいし。絞ろうが逆さに振ろうが、金輪際、そんなものは出てこないぜ」

「これはこれは。子種、と申すべきでしたかな。じつのところ、ここ、サフラ・ジート国の住民には、男が一人もおりませんのです。ええ、子種として牢獄に閉じ籠められております、我々を除いては」

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