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「こんな砂漠の真ん中で、魔法使い殿に出会えるとは、願ったり叶ったり。おれの悪運の強さも、まだまだ捨てたもんじゃないね」
ボッカー乗りはそう言うと、座ったまま気障な調子で、片手をあげてみせた。その声は、意外に若々しかった。
「とりあえず、水を分けてもらえると、ありがたいんだが」
「構いませんよ」
ジンバの背から、水の詰まった革袋を下ろす間も、もちろんぼくは、警戒を怠らなかった。変なマネをすれば、いつでも反撃に移れるよう、マントの下で短刀にミワを溜めておいた。同類の嗅覚といおうか。この男の素振りに、カタギとは異なるにおいを、嗅ぎとっていた。
革袋を受け取り、マフラーをずり下ろすと、よほど咽が渇いていたのか、かれは泉の一つも飲み干す勢いで、咽を鳴らした。
「ありがとう。これでどうにか、生きた心地がしたよ」
返礼のつもりだろうか。ゴーグルを持ち上げ、飛行帽もろとも、頭から外した。金色の髪がふっさりと溢れ、王立劇場の二枚目のような、整った顔があらわれた。無精ヒゲがなければ、女と見紛うばかり。
「ル・アモン。もしくは、アモン伯爵と呼んでほしい」
と、髪を掻き上げてポーズを決めたものだ。おのれが色男であることを、充分以上にわきまえていなければ、とても恥ずかしくてできない仕ぐさ。
それにしても、王様がいなくなったかと思えば、お次は伯爵さまの登場とくるから、恐れ入る。名前の上に「ル」がつくのは、たしかに貴族を意味するが、伯爵なんて、昨今はペテン師の代名詞。ヘンリー王なみに、真偽のほどは知れたものではない。
「ぼくは、フォルスタッフ」
「はて。どこかで聞いたような……見た目どおりでは、ないんだろうね」
「少なくとも、貴殿の十五倍は生きていますよ、伯爵」
ル・アモンは、彫像でも観賞するように、無遠慮にぼくを眺め、やがて視線を左手に集中させた。失敬、と言いつつ、貴婦人を舞踏に誘う手つきで、指を握ると、四つの指輪を、つくづくと眺めた。目の色が変わり、デモンじみた顔つきになっていた。
「すごいな。どれも甲乙つけがたいけど、とくにこの紫の石は、ローザライトじゃないのかい。しかも混じりけなしのブツともなれば、こいつを巡って戦争が起きても、不思議じゃない」
「百万の大軍も、この石の前では無効でしょうね」
きょとんとしたル・アモンを見て、吹き出さずにはいられなかった。まあ、あのダーゲルドでさえ、「紫の石」を使いこなせなかったのだから、笑い事ではないのだが。それにしてもこの男、簡単に尻尾を出してくれたものだ。さっきの顔つきは、盗賊以外の何ものでもなかったぞ。
「ずいぶん宝石にお詳しいのですね。これなんかも、ぼくは気に入ってるのですが、貴殿の眼鏡にかないませんでしたか」
右手を差し出し、薬指の指輪をかざした。さも興味なさそうに一瞥して、ル・アモンは鼻を鳴らしつつ、それでもさっきと同様に、手を取って眺めるのだった。
「最もありふれた鉱物だね。極上品であるのは認めるが。そんなところに嵌めているのを見ると、約束した女でも?」
「まあ、そんなところです」
「嘆かわしい話さ。あんたほどの美少年が、一人の女なんかに入れあげるなんて。何百年も生きた大魔法使い殿が、年端もゆかぬ小娘の甘えた声に、コロリと参っちまうとはね」
「女に関して、よほど苦い思い出が、おありのようですね」
「冗談じゃない。おれは女を好もしいと思ったことなど、一度もないよ」
道理で。指輪の鑑定にかこつけて、手を握りたがったわけだ。そちらの趣味は、残念ながら持ち合わせていないので、ぼくは逃げ出すことばかり考え始めた。
「これからどうなさいます?」
「できれば、魔法使い殿の力をお借りしたい」
「ご希望に添えるかどうか、わかりませんが、伯爵」
「なに、あんたなら簡単にできるよ。機械のほうは、だいたい修理したんだが、グレムのやつが、すっかり機嫌を損ねちまってね。うんともすんとも言ってくれないのさ。もう一度飛んでくれるよう、あんたから言い含めてくれないか」
ぼくは腰に手をあて、溜め息を洩らしつつ、あらためてボッカーを眺めた。ロブロブごと、機首が半分、埋もれているが、グレムもまた、砂の中であることは明白だった。




