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そこは風変わりな「部屋」だった。
闇に包まれるかと思えば、神像の目を通して、かすかに外光が射しこむとおぼしい。木製の本棚があり、机があり、椅子があった。壁には作りつけの寝台が、上下に数段並び、藁が敷かれていた。つつましやかな生活の痕跡は、かえって、おごそかな印象を与えた。
おそらく、このアブラクサス像は、もともと中が空洞で、失われた胴体には、螺旋階段が仕込まれていたのだろう。素朴な古代人の目をくらますには、この程度の仕掛けで充分。神像の目に光が宿り、その口から朗々と神託が告げられれば、ひれ伏さずにはいられまい。
しかしなぜ、彼女たちはこんなところで「生活」しているのか。まるで貝が、おれのれの殻に籠もるように、オアシスでも洞窟でもなく、神像の内部に住まう理由がわからない。三百年のぼくの人生でも、聞いたためしがないのだ。
「フォルスタッフさま」
レムエルがささやいたが、何を示唆しようとしたのか。目をさまよわせるうちに、「部屋」の中央に、ぽつんと取り残されたような空間に行き着いた。レムエルもまた、そこへ視線を注いでいるようだ。
そこだけ故意に何も置かれておらず、よく清められた印象で、うかつに入り込めない「場」の力を感じた。思わず床に目を凝らしたが、魔方陣は描かれていない。これが神像そのものの力だとすれば、ただのこけおどしではなかったわけだ。
六人の巫女たちは、いつの間にか、その空間をなかば取り囲むかたちで、たたずんでいた。さっき、式を始めるとか言っていた気がするが、それが行われようとしているのか。アザニはいったい、どこにいるのか。
そんな二つの疑問に答えるかのように、娘たちの間から、人影が進み出た。細い肩や背の上で、亜麻色の髪がかすかに揺れた。少女の裸身は、痛々しく痩せているが、それでもこれから成熟へと向かう、若々しい生命力をみなぎらせていた。
身に一糸纏わぬ少女は、薄い石膏の仮面で、顔の半分を覆っていた。それでも彼女がアザニであることは、疑う余地がなかった。
やがて立ち止まったアザニと、向き合うかたちに、一人の巫女が進み出た。銅製の壷を手にしていた。巫女はアザニの前にひざまずき、壷に手をひたした。次に引き抜かれたときには、蜜をおもわせる、滑らかな光沢が、両手を覆っていた。巫女は立ち上がると、少女の両肩を抱くような恰好で、二の腕まで手をすべらせた。
うっ、と小さなうめき声を洩らし、少女は咽をのけ反らせた。
闇が芳香に浸された。
第二、第三の巫女が進み出て、次々に、壷に手を浸した。けっきょくアザニは、五人の巫女に囲まれるかたちになり、彼女たちの白い背中でよく見えなかったが、おそらく全身にまんべんなく、香油を塗られたことだろう。少女はとくに抵抗するでもなく、十本の手による、しなやかに蹂躙に身を任せていた。
巫女たちが身につけている、木製の鈴が、悦楽的な音楽を奏でた。
ようやく五人の巫女から解放されると、少女は立っているのがやっとといった有様。 仮面からのぞく瞳はうつろで、唇が少し開いていた。いわゆる、忘我の境地をさまよっているらしいことは、容易に想像できた。
次に進み出たのは、第六の巫女。もの腰から推測するに、彼女が巫女たちのリーダーとおぼしい。彼女が手にした一枚の布が、闇夜のミダク花のように白く目を射た。その「シーツ」を広げたまま、彼女は歩み寄り、アザニをそれで包んだ。
たった一枚の布が、見る間に古代風の衣装に変わるさまは、ぼくの目を見張らせた。
最後に第六の巫女によって、仮面が外されたとき、低地人の少女、アザニは、一人の巫女になっていた。体は小さいけれど、こころなしか、他の巫女たちと、顔だちもそっくりに見えた。
第七の巫女の誕生である。
「これで式は終わりました。立ち会っていただき、ありがとうございました」
第六の巫女が向き直り、深く頭を下げた。ぼくは太古の夢から、引き戻された気がした。
「アザニはそれで満足なのかい。きみたちの仲間にすることの、同意は得ているの?」
「大神の御名に誓って」
彼女は柔らかく微笑み、ぼくも笑顔でうなずいた。そのとき、すさまじい妖気が、ぼくのこめかみを貫いた。




