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「話は聞かせてもらったよ」

 大鉈を肩にかつぎ、両手を添えた恰好。ジェシカは寝癖だらけの髪を、ぼりぼりと掻き毟り、不敵な笑みを浮べて、ぼくを睨んだ。

「あたしは、回りくどいのが嫌いなのさ」

「珍しいね。きみが指輪の中で、目を覚ましていたなんて」

「減らず口を叩ける余裕があるんだねえ、フォルスタッフ。ま、実際よく寝たさ。出番待ちのときは、眠るに限るってね。でも、ここぞという時はちゃんと目が覚めるんだから、我ながら不思議なものさ」

 大蜘蛛と闘っていた時は、高いびきだったくせに、相変わらず的外れなやつだ。が、このタイミングで出てきた理由は、わかりすぎるほど。

「あたしは、回りくどいのが嫌いなのさ」

 もう一度そう言って、善鬼に目を向けた。

「なあ、レムエルさんとやら。あんたがこいつに雇われたのは、あたしたちを屠るためなんだろう。めんどくさいんだよねえ、すったもんだのドラマやかけ引きなんて、あたしの性に合わないんだよ。どうせやるんなら、ここでさっさとケリをつけようじゃないか」

 ビア樽がのっそりと起き上がり、ジェシカをみとめて手を上げた。

「よお、嬢ちゃん。また会ったな」

「あんたがお相手じゃなくて、幸いだよ。それともまた、このろくでなしに加勢するかい?」

「そこまで野暮じゃねえ。高見の見物と決めこむさ。酒がねえのが、辛えところだがな」

「じゃあ、タイマンってことで。相手になってもらうよ、善鬼さん」

 片手を水に浸した体勢から、レムエルはゆっくりと立ち上がった。きらめく水面を背に、軽やかに羽を広げて、ジェシカのほうを向いた。

 果たして、彼女に戦う意志があるのかどうか、ぼくは訝った。もちろん、彼女がジェシカを倒したとしても、死に至らしめるわけではない。一時的にエナジーが四散したところで、やがて復活することを、同じ精霊である彼女が知らないはずはない。それでも善鬼が極端に争いを嫌うことは、人鬼の一件で思い知らされていた。

 まるでぼくの気がかりを読みとったように、けれどジェシカを見つめたまま、彼女は言う。

「存じております。わたしはフォルスタッフさまを守るために、ミワを結びました。お手合わせ願います、ジェシカ殿」

 たちまち彼女の肘から先が、銀の手甲に覆われた。かざされた左手には、ひと振りの剣が握られていた。古代ふうの、細い両身のツルギは、ジェシカの大鉈と比べれば、いかにも華奢に見えた。悪鬼の眉が、ぴくりと震えた。

「そんな得物で太刀打ちできるのかい」

 たしかに、このあいだは剣術使いのヘンリー王が相手だったから、打ちものどうし、互角にわたりあえたのだ。レムエルの本領は、大蜘蛛に用いたような、全方位遠隔攻撃ではないのか。相手に合わせているのかもしれないが、もしそうだとしたら、ジェシカの実力を知らなすぎる。

 一撃で城壁を粉砕する、彼女の力を。

 目に怒気をみなぎらせて、ジェシカは大鉈を肩から外した。地面すれすれに構え、足を大きく広げて腰を落とした。

 じりじりと、足首のみを動かして、ジェシカが間合いを詰めてゆく。水際にまっすぐ立ち、胸の前で刀身に右手を添えたまま、レムエルは動かない。

「はあああああっ!」

 間合いに入ったとたん、大鉈が斜めに跳ね上げられた。いつもながら、小柄な彼女のどこに、これほどの力がたわめられているのかと、驚くほどの素早さで。凄まじいウェイトの得物が、レムエルに襲いかかった。

 ぎん、と音が響き、善鬼はなんと、手甲でそれを受け止めていた。瞬間的に、ジェシカの目が、驚きに見開かれるのがわかった。次に繰り出された剣の一撃が、あやうく彼女の腹をかすめた。そのまま後ろへ弾かれたように、ジェシカは大鉈ごと、大理石の上を転がった。

「なんだって!?」

 得物を杖代わりに立ち上がりながら、ジェシカが驚きの声を上げたのは、ぼくの二つめの指輪が、光り始めるのと同時だった。

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