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「古代遺跡か……神殿のようだね」
オアシスが間近くなり、こんもりと茂る樹木の中に、白く風化した柱が見え隠れしていた。
いかにも平穏な光景だが、油断は禁物。盗賊の隠れ家と化している場合もあるし、毒竜その他の、厄介な生き物が巣食っている可能性も高い。希少な水場に寄ってくるのは、善男善女だけとは限らないのだから。
しかも、ここまで深く荒野に入り込んだ以上、不帰順族の襲撃を警戒しなければならない。
不帰順族とは、王国の統治に従わない流浪の民のうち、とくに砂漠を縄張りにしている者たちの総称だ。
好戦的で残忍で神出鬼没なかれらは、王国の輸送部隊や、民間の商隊に、しょっちゅう襲いかかる。中には王国を倒そうという野心の持ち主もいるらしく、反乱軍が砂漠をわたっているという噂が、たびたび流れた。
まあぼくも反乱軍を起こした一人なのだし、実際に当時、何人かの族長から、同盟の申し出を受けているけれど、言下に断った。しょせん、かれらが掠奪目当てなのは、わかっているし、形勢不利とみれば、いとも簡単に裏切ることも目に見えていた。
むろん、かれらの野蛮を責めるつもりはない。安住する土地のないかれらは、掠奪しなければ生きていけない。
「不帰順族ですか」
ぼくの心を覗いたように、レムエルが言う。あるいは、そういった能力があるのだろうか。
「うん。何ヶ月前だったか、王国から討伐軍が出たようだけど。戦果をあげたという話を、ついに聞かないから、いつもどおりの結果なんだろうね」
かれらの戦法はゲリラ戦と奇襲に尽きる。あくまで正面衝突を避け、寝込みを襲い、トラップを仕掛け、補給を断つ、ルール無用の戦法に、王の正規軍などは翻弄されるばかり。いたずらに犠牲を出し、ぼろぼろに疲れて帰還するのがやっとという有様。
王国の兵たちのほうでも、こんな討伐軍には参加したがらない。名のある騎士たちは、まっ先に断る。旨みがないのに、危険ばかり多い。うっかり捕虜になれば、世にも残忍なやり方で虐殺されるか、そうでなければ、奴隷に売られてしまう。結果、ならず者たちを、金で釣って集めた烏合の衆となり、ますます戦果はあがらない。
けれど、ごく稀に、大軍どうしの激突が見られないことはない。そのときの、かれらの戦法が一風変わっている。
かれらは、異装の女たちを前面に押したてる。半裸に奇怪な装身具を身につけ、派手な顔料を所構わず塗りたくった彼女たちは、明らかに巫女だ。両軍が対峙したところで、彼女たちは、卑猥な身ぶりを交えながら、ありとあらゆる罵声を浴びせる。つまり、呪いをかけるのだ。
「偵察して参りましょうか」
「そうだね。下級精霊を飛ばせば済むんだけど、きみが行ってくれると、ありがたいね」
なぜか使鬼に気を遣っているのが、自分でもおかしかった。レムエルは白い翼をふわりと広げ、オアシスの方へ飛び去った。ヘンリー王が寝言をほざいた。
「酒の泉があるといいねえ」
草や木にまで、酔っ払われてはかなわない。レムエルが戻るまで、少し時間がかかった。ぼくの横に並ぶと、涼しい花の香りがした。
「面倒なことでも?」
「いいえ。見たところ、とくに危険はないようです。奇麗な泉のほとりで、数人の娘たちが洗濯していましたから」
「町があるんだね。何よりも、冷たい水が飲めるのはうれしいよ」
もし泉に毒竜が潜んでいたら、水はまっ蒼になり、服にも染みこむから、とても洗濯なんかできないだろう。善鬼は、けれどどこか浮かぬ表情だ。
「町、と呼べるほどの規模でもないのですが……聚落にしても、どこかしっくりこないのです」
「というと?」
「ほかに人を見かけなかったのです。その、洗濯している娘たちを除いて」
「へえ。そいつはハーレムってやつじゃねえかい? 王様が後宮の女たちに飽きて、砂漠の中にお忍びなさるんだなあ」
またビア樽が寝言を叫んだが、ぼくは無視して考えこんだ。やはり、不帰順族の聚落と考えるのが妥当だろう。男たちが掠奪に出ている間、その妻や娘たちが、留守をあずかっている……ただ、それにしても、何か違和感を覚える。




