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「そんな口のききかたはねえだろう。一応、おれたちは、お客さまってやつだぜ」

 おどけた調子で、ヘンリー王が言う。タム・ガイは、けれどにこりともせず、ひたすら荒廃した表情で、唇をゆがめた。

「あんたの国じゃ、こそ泥のことを客っていうのかい」

「へえ、なかなかうまいことを言うじゃねえか」

 本気で感心しているビア樽を無視して、タム・ガイは、ぼくのほうへ向き直った。紫色の舌をだらりと垂らし、青い、生臭い息を吐き出した。

「その部屋で、おまえがやったことを言ってもらおうか」

 ビア樽の言うとおり、口のききかたを知らない野郎だ。ぼくは基本的に、乱暴な言葉づかいが、大嫌いなのだ。こんなやつには、ぼくだって敬語を使う気にはなれない。

「哀れなミイラを、土に帰してやったよ」

「それだけか? それだけじゃないだろう。ちゃんと言ってみろよ。おまえのベルトのポーチには、何が入っているんだ」

「まるで衛兵にでも突き出したような勢いだな。実際そんなふうに、罪もない客をなぶってきたんじゃないのか?」

「ここはおれの家だぞおおらあああああああ!」

 人鬼の叫び声は、最後のほうでは、野獣の咆哮と変わらなかった。宿屋全体が不気味に揺れて、咆哮が無数のこだまを返した。

 長い年月、天井裏に溜まっていた埃が降り注ぎ、煙幕のように視界をくらませた。ぼくはマントをつかんだ腕を面前にかざして、防御の体制。けれど、揺れがおさまったあとも、何らかの攻撃は行われず、見ればタム・ガイの姿は、もうどこにもなかった。

「今にも殴りかかりそうな勢いだったが。真っ向から勝負する意志は、ないというわけか」

 これまでも、そうやって血を啜りながら、生きてきたのだろう。相手の弱みにつけこんで、自身が完全に優位に立ったところで、なぶり殺しにするのだろう。

 陰湿な蜘蛛のように。

「よもやすんなりと、ぼくたちを逃がすつもりはないだろう。腹の虫がおさまるまで、つけ狙うに違いない。人鬼とは、そういうものだから」

 蛍貝を、掌に引き寄せた。細々と燃やせば、一晩はもつのだが、だいぶ無理をさせたので、そろそろ燃え尽きる頃かもしれない。火を吹き消して、取り替えるつもりが、蒼い光は衰えていないどころか、当初より強くなっている様子。

「どうして……」

 ぼくは思わず、ベルトのポーチに触れた。指先に電気的な刺激を感じ、耳の奥で、翼の音を聞いた気がした。指輪だ。あの透明な指輪が、蛍貝に力を与えているに違いない。

 善鬼……なのだろうか。

 あの指輪の中に、精霊が封じ籠められているという考えは、もはや確信に近かった。白い翼の幻影が真実を指しているとしたら、それは善鬼の特徴に、そっくり当てはまる。まさか、ぼくが探していた善鬼が、こんな形であらわれたのだろうか。高嶺に咲く一輪のユリの中ではなく、人鬼の屋敷に横たわるミイラの指から。

 ぼくたちは廊下を引き返した。もう一度、部屋の前へ戻るつもりが、次から次へと見知らぬ廊下があらわれるばかり。どうやら幻惑されているとおぼしく、宿の中にいる以上、やつの手中にあるも同然というわけだ。

「家の中が、こんなに広いとは思えないけどね」

 生きもののように、あるいは蜃気楼のように、廊下は形を変えるのだ。行き止まりに近づけば、さらに先へ続いていたり。たしかに続いているかと思えば、廊下はそこで途切れ、ギイと音を立てて、かたわらのドアが開き、別の廊下へ導かれたり。やがて前方左側に、開けっ放しの扉があることに気づいた。

 ドアの中から、灯芯一本ぶんほどの、橙色の灯りが洩れ、黒ずんだ床に、ちらちらと火影を映していた。ぼくとヘンリー王は顔を見合わせた。

「血のにおいだね」

「ああ」

 あまり気は進まなかったが、そっと扉に近づき、覗きこんだ。物置部屋なのか、ごちゃごちゃと家具が詰めこまれているせいで、視界がさえぎられ、中の様子が確認できない。扉の隙間から滑りこみ、墓標のように居並ぶ箪笥や飾り棚の間を通って、奥へ進んだ。

 血のにおいは強くなり、早くもそれを舐めるために、大きな蛾が集まり始めていた。

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