58 寮館でのカプラ大公令息の現状 そのに
心配そうなオティーリエに、僕はその不安を取り除くように伝える。
「大丈夫だよ。公爵家が、そんな質の悪い使用人を用意するわけないでしょう? それにたぶん、ジュスティスは『彼女』にしたようなことそのまんまを、マルクスにすることはないよ」
「そう、でしょうか?」
「うん。むしろ、逆かな? ジュスティスがマルクスにしようとしてるのは、マルクスを一人孤立させることではなくって、自分だけがマルクスの味方だって思わせることだよ」
つまり、マルクスの悪口を周囲に吹聴するのではなく、僕らの悪口をマルクスに吹き込もうとしてるんだ。
「ジュスティスが、こっそりマルクスに近づいて何か吹きこもうとしても、テオが目ざとくそれを目撃して邪魔してるのが現状かな。オティーリエが心配するようなことは今のところないから、安心して」
それを聞いてオティーリエはほっと息をついた。
二人の兄の方はもうどうしようもないって切り捨てたけど、弟のマルクスは、オティーリエにとっては、自分が守るべき相手になってるのだろう。
『彼』であるジュスティスは、オティーリエにとっては敵だし、可愛い弟が『彼女』と同じ目に遭うんじゃないかと、気が気じゃないんだろうね。
「ただ……、んー。もうすぐやって来る夏の長期休暇だよね。女子でお泊り会するんでしょう?」
僕の問いかけにヘッダが頷く。
「えぇ、ヒルトからお聞きしまして?」
「うん。僕らもね、今年の夏はフルフトバールに行くことが決まったんだ。それでね、オティーリエ。マルクスなんだけど、どうする? うちで預かる?」
「マルクスを……、ですか?」
オティーリエは、どうしていきなり、マルクスを預かる話になるんだ?って顔をしている。
ってことは、あのこと知らないんだな。
怖がらせたくはないけど、これは防衛の意味でも知っておいてもらわなきゃいけないことだから、ちらりとヘッダを見る。
「話して大丈夫かな?」
「その確認をするということは、オリー様が不安定になる話ですわね?」
「ジュスティスが関わってることだし」
そう言って、僕らはオティーリエを見る。
「どうする? 自衛のことを考えれば、知っておいた方が良いと思うんだけど、ジュスティスの話を聞きたくないなら話さないでおくよ。ただ、自衛のために預かろうかってことさえ知ってればいいだけだし」
「……いえ、話してください。何かあったのですか?」
「去年の夏の長期休暇なんだけど、ジュスティスはアインホルン領に家を借りてたんだよね。リトスに帰国することなくアインホルン領で過ごしてる。冬の休暇も同じ、ってことは今回もそうなんじゃないかなってこと」
話を聞いて、オティーリエは顔を青ざめさせた。
「僕の懸念はね、ジュスティスがアインホルン公爵と接触するのでは?ってことなんだよね。さすがにアインホルン公爵も、ジュスティスが王妃殿下の元婚約者でケチをつけてくれたカプラ大公のご子息だって言うのはわかってると思うし、近づいてきたなら『あれは誰だ』って調べもするだろうけれど、あの人、魅了耐性弱いでしょう?」
オティーリエもヘッダも、僕が何を言いたいのか察したのだろう。
「ジュスティスはほら、魅了もあるけれど、口が上手いし、清廉潔白な好青年のフリもお上手だ。リトス王国の人たちが騙されたように、アインホルン公爵も『親はアレだけど子はまとも』とか、『こんなにまじめな青年ならオティーリエの婿にしてはどうだろうか?』って言いだしかねない」
「いっ、嫌です!!」
僕が最後まで言い切る前に、オティーリエが悲鳴に近い声で、拒絶の言葉を口にする。
「絶対に嫌っ!! あんな気持ち悪いっ」
途中でヘッダが自分の人差し指をオティーリエの口に当てて黙らせる。
「お静かに」
息を詰めるオティーリエに、ヘッダはやれやれといった様子で宥める。
「オリー様が嫌だとお思いになることは、充分に存じております。これは、そのようなことがあるかもしれないから、対策を取りましょうという話ですわ」
ヘッダの言葉に、オティーリエは深呼吸をして項垂れる。
「また、取り乱しました」
これは……『彼女』を孤立させた以外のことがあったのかもしれない。
そうでなければ、気持ち悪いなんて言葉、出てこないだろう?
以前さらっと説明してもらったときは、『彼』に気がある女子にもイジメを受けていたって話も出ていたし……。もしかしてそれも、わざとそうなるように『彼』が仕組んでいた可能性があるよな。
「オティーリエにとっては、トラウマの相手だからね。取り乱すのは仕方がないよ。で、話の続きなんだけど、ジュスティスのことはアインホルン公爵夫妻にちゃんと説明しておいた方が良いと思う。リトスで仕出かしたことと、オティーリエの婿入りを狙って、休暇中はアインホルン領にいるってことね。それと、オティーリエを落とすために、マルクスに近づいてるから、そのこともかな? 僕の方からもアインホルン公爵に、休暇中、マルクスをフルフトバールで預かる打診をするよ」
「そう、ですね。マルクスにはその方が良いのかもしれません。よろしくお願いします」
深く頭を下げるオティーリエに、ふと気にかかったことを訊ねる。
「もうひとつ気になることがあるんだけど」
「何でしょうか?」
ジュスティスがオティーリエの前世と関わりがあった『彼』であると知った時から、ずっと疑問だったんだよ。
『彼女』は前世でも、異性に異様なほどモテまくっていた。そして何かあるたびに女神の笑い声を聞いていた。
つまり女神は『彼女』に目をつけていて、『彼女』が愛読していた世界に酷似しているこの世界に転生させたのだと思うんだ。
そして、『彼』がこの世界に転生したことは、偶然なんかじゃない。
魅了の件もあるし、女神が『彼』をジュスティスとして転生させたと、僕は思う。
女神は『彼女』が愛読していたラノベ、『虐げられた伯爵令嬢は、氷の王太子に溺愛される』を知っていた。
では、ジュスティスの前世である『彼』は、そのラノベを知っていたのだろうか?
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