57 寮館でのカプラ大公令息の現状 そのいち
オティーリエは前世のこと、そしてそれに関わるジュスティスのことは、どうすればいいか、まだ考えがまとまらないだろう。
心の疵もあるから、そう簡単に向き合うことはできないだろうなぁ。
でもそこはヘッダにお任せだね。そのために、フォローをお願いしてるから。
オティーリエが思い悩んで行き詰ったら、タイミングを見計らって、心の内にあるもやもやを外に発散させてくれるだろう。
「前世の話の続きは、また今度にしようか? ジュスティスの話題になるとブレるからね。その時はヘッダも一緒にいて」
トラウマってそう簡単に克服できるもんではないからね。
「あぁ、そうだ。ヘッダ。さっきオティーリエにも話したんだけどね、例のオクタヴィア・ギーア男爵令嬢」
「どうされまして?」
「リトス王国の孤児院出身なんだ」
オティーリエに話したオクタヴィア・ギーア男爵令嬢の話を、ヘッダにも伝える。
「リトスでのことはエウラリア様に調べてもらうことにしたよ」
「まぁ、それはそれは。厄介なものをきちんと管理なさらなかったのですから、それぐらいはしていただかなければ」
ヘッダは猫のように目を細めて、嫣然とした笑顔を浮かべる。
怖いよその笑顔。
「それから寮館に移動してからのジュスティスだけどね。やっぱりあれ、魅了使ってるね。彼が寮館に来てから、寮館に仕掛けてた、魔力を無効化する魔導具が、常時発動状態になってるんだ」
「故障は?」
「今のところは大丈夫。でもマルクスに持たせてるアクセサリーの魔石が、頻繁に壊れてるんだよね」
これは単純に、ジュスティスがマルクスに接触する回数が多いからなんだよね。
しかも姑息に、僕らの目を盗んでときたもんだ。
そーいうところが、いやらしいんだよなぁ。
もっと堂々とやりゃーいいのによぉ。
「あらあら、まぁまぁ。アクセサリーに装着している魔石は、どれも特級品ですのに……。これは愉しくなってきましたわねぇ」
考え込んでから、ヘッダはにんまりと笑う。
「後で替えの魔石をお届けいたしますわ。でも……、やっぱり生きたサンプル。欲しいですわねぇ」
ほっといたらジュスティスを拉致監禁して、人体実験に使いそうだなぁ。
「許可が出る前に手を出しちゃダメだからね」
しないと思うけど、一応釘をさしておく。
「えぇ、それはもちろん。アルベルト様、ぜひ頑張って所有権を勝ち取ってくださいませ」
ジュスティスはここだけでなく、リトスでもいろいろやらかしてるから、リトス王家だって処分に困ってるはずだ。賠償の一部として、奴の身柄をちょうだいって言えば、簡単に渡してもらえると思うけど、エウラリア様も奴に恨みを持ってるからなぁ。
「皮算用はともかく、ジュスティス、完全に狙いをマルクスに定めてるね」
将を射んと欲すればまず馬を射よ。
マルクスを懐柔して、完全に自分の味方にさせようとしてるけど、マルクスは警戒してるのか、ジュスティスに靡く気配がない。
ジュスティスに接触された日は、必ず一日の最後に僕と話をすることにしているけれど、魅了に影響された様子は見受けられない。
でもアクセサリーの魔石が壊れてるってことは、ジュスティスの魅了は発動しているんだよ。
あと、エウラリア様が派遣した、ジュスティス付きの使用人たちのアクセサリーの魔石も、壊れる頻度が多いことをヘッダに伝えた。
ジュスティスが使用人たちに魅了を使ってるのは、自分が動きやすいように手駒にするためなんだろうけれど、それを見越して、女性の使用人はなるべく近寄らせないようにさせていたんだよ。
やっぱりどうしても、魅了って同性よりは異性に効きやすいみたいだからね。
無効化のアクセサリーでジュスティスの魔力を相殺しているけれど、「使用人に対しても気を配って優しいのだから、ジュスティス様は悪くないのでは?」みたいなことを言い出す女性の使用人がでてきちゃったんだ。
しかも、そんなことを言い出した女性の使用人は、魔力を無効化するアクセサリーをわざと外していたみたいで、なんでそんなことをしたのかと尋問したら、自分は魔術の心得があるからって過信していたらしい。
シルトとランツェからの説明はちゃんと聞いていたようなんだけど、『そんな不届き者は許せない。私が尻尾を掴んでやる』って言う動機で、やらかした。
あと魅了自体をよく理解していなかったようだ。
寮館での筆頭使用人であるシルトとランツェの指示に従えない者は、僕がいる場所に置くことはできない。
驕って軽度の魅了にかかってしまった本人には、「貴女の能力を活かせる、もっと適切な場所を紹介する」ってことで、学園都市から出て行ってもらっている。
このことは、もうすでにほかの使用人たちも周知していて、彼女のように自分に自信があって無効化のアクセサリーを外したい人は、他の職場を斡旋すると通達済みだ。
ジュスティス関連で、寮館でのマルクスや使用人の身に起きた出来事を伝えたら、オティーリエの顔色が悪くなってしまった。
「マルクスは、大丈夫ですか? わた……いえ、『彼女』がされたようなことを、されていませんか?」
そしてか細い声で、マルクスのことを訊ねてくる。
「アルベルト様だけではなくテオドーアもいるので、あの子が一人除け者にされるということは、ないと思うのですが……。使用人に嫌がらせなどされてませんか?」
あぁ、そうか。そうだよね。
被害者だった『彼女』の記憶を持ってるオティーリエにとってはマルクスが同じようなことをされるんじゃないかって、そりゃぁ警戒するに決まってるか。





