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ざまぁフラグが立ってる王子様に転生した  作者:
王子様の学園生活(四年生)

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56 アインホルン公女の前世 そのなな

 当時のことを思い出して、オティーリエの口調は『彼女』のものになっていく。

「そこで理由を聞けばよかったのかもしれない。でも私は、それまで仲良くしていた友人に嫌われたことがショックだったの。だから、なんでそんなことを言うの?って、相手を問い詰めることもできなかった」

 言葉を切ったオティーリエの指先は、膝の上でぎゅっと握りしめられて、白くなってる。

「どうしてなのか知りたいと思っても、怖くて踏み込めなかったわ。そうやって今まで仲良くしていた子がどんどん離れていって、他の女子からも嫌厭されてっ。そこから私、ずっと一人だったっ! 仲良くしてくれる子が現れても、数日後には素っ気なくされる、その繰り返し! 中学に上がってからその原因が、あいつだって知ったのよっ」

 あぁ、もう『彼女』と混同しちゃってるよ。

「オティーリエ」

「あいつ、私と仲良くしていた子たちに、なにを言っていたと思う?! 『自分の引き立て役にちょうどいい』『本当は嫌いだから傍にいたくない』『あんな不細工が自分の傍にいるのは嫌だけど、そんなこと知られたら、嫌な子だって思われるから我慢してる』私がそう言っていたって、仲良かった友人や、仲良くしようとしていた子に、そんな嘘ばっかり吹き込んでいたのよっ!」

 紫の瞳に涙を浮かべながら、オティーリエは叫ぶように言い募った。

 その口調は、もう完全に「オティーリエ」ではなく、前世の『彼女』そのものだ。

「そんなことしてたやつが、私のことが好きだった?! 信じられるわけない!」


「あらあらあら。オリー様ったら、まだまだお子様ですのねぇ」


 陽気な声音とともに温室の扉が軽やかに開く。舞台に立つような仕草で現れたのはコロコロと笑うヘッダだった。

「ヘドヴィック様……」

 オティーリエは顔を上げ、涙でぬれたぼんやりとした目をヘッダに向ける。


「無粋者がね、暗い顔をしてるオリー様を見て、姫を助ける騎士気取りで温室に飛び込もうとしてましたの。わたくしが声を掛けましたら、まぁ、尻尾をまいて逃げていきましたけれど」

 ヘッダはそのことを思い出したのか、楽しくてたまらないと言わんばかりの顔で、わざとらしく肩をすくめて見せた。

 ネーベルが黙ってたのも、ヘッダがジュスティスを蹴散らしたのを見ていたからだろう。

「どうしてここへ?」

 って聞くのも野暮かな?

「オリー様は病み上がりですものね。なのにアルベルト様にお話しすると仰るし」

 ヘッダはオティーリエの前に立つと、上品な刺繍入りのハンカチを取り出して涙を拭う。

「やっぱり予想通りでしたわ」

 オティーリエが心配で、探してたのか。

 イジーの婚約者としてヘッダが選ばれるのは、こういったフォローができるからなんだよなぁ。

「登校できるようになったと言っても、いつまた取り乱すかわかりませんでしょう?」

 実際さっきのオティーリエは、『彼女』になりかけてたしね。

「なら、お話終わるまで、ヘッダも一緒にいて」

「かしこまりました」

 そう言ってヘッダはオティーリエの隣に座ると、握りしめて真っ白になっているオティーリエの指をひとつひとつ解いて手を繋いだ。


「ヘッダはオティーリエの前世、どの辺まで聞いてる?」

「オリー様の前世である『彼女』に、最果ての門を潜らせた原因が、前世のカプラ大公令息であることは存じてます」

「いじめのことは?」

「えぇ、聞きましてよ。周囲を焚きつけて『彼女』を孤立させていたのですってね」

「そんなことをした理由なんだけどね、僕は歪んだ恋愛感情だと思ったんだよ。『彼女』を孤立させて、自分だけが味方だと、そう思わせたかった。自分に依存させる状態に持ち込みたかったんじゃないかってね」

 僕のその推測に、ヘッダもにんまりとした笑みを深めた。

「まぁ、まるで幼い駄々っ子の延長ですわね。愛情のつもりで、相手の居場所を奪うなんて……滑稽で矮小。でも一番質が悪いタイプですわね」

 ヘッダはオティーリエの手を軽く握り、紫の目と身をまっすぐ見つめる。

「オリー様、勘違いなさらないでくださいませ」

「え……?」

「必要なのは受け入れるのではなく、理解なさることですわ。あの者の好意を受け入れろと言ってるのではありませんの。『どうしてそんなことをしたのか』と知っておけば、少しは怖さが薄れるのではなくて?」

 まるで子供に本を読み聞かせるような、ゆっくりとした口調でヘッダは告げる。

「むしろ嫌って当然でしてよ。でも正体を知ってしまえば、得体の知れない怪物の影に怯えることもなくなる……。そういうことですのよ」

 ヘッダの言葉を聞いて、オティーリエはへにゃりと眉尻をさげると、また涙目になる。

「……でも、あいつが私にしたことを、恋愛感情なんて言葉で括るのが、どうしても……、どうしても赦せないのっ」

 オティーリエは唇を噛み、繋いだ手を震わせる。

「だって、だって……あいつがいなければ、私は……!」

「ええ、存じてますわ」

 ヘッダはすぐに否定せず、ただオティーリエの手を包み込む。

「だからこそ、赦す必要はありませんの。ただ、知っておくことは必要なのですわ。敵の正体を知ることは、勝つための第一歩でしょう?」

 オティーリエはうつむいたまま黙り込む。

 ヘッダの言葉には納得している。けれど気持ちは追いつかないってことなんだろうな。


「オティーリエ、難しく考えることはないんだよ。苦しい思いをしていたのは他の誰でもない『彼女』で、そしてその記憶を持つオティーリエなんだから、ヘッダの言う通り、『彼』にされたことは赦さなくていい。ジュスティスの事情なんてオティーリエが配慮する必要なんてない。そうだねぇ、何なら『彼女』の敵を取ってやるって気持ちでいいんだ」

 僕だったら地獄の果てまで追いかけて、二度とまとわりつかないように、ぎったんぎったんにしてやるって思うもん。

 おめーのことだぞ! 女神さんよぉ!!


「ただね、オティーリエが未来に向かっていくためには、この心の疵となったことに、向き合わなければいけないよ? いつか……、いやこの学園の卒業までに、『彼女』にまつわることには決着をつけなければね?」

 それはきっと、オティーリエだってわかっているのだろう。

 子供でいられるのは、この学園にいる間だけだ。

 卒業して一年後、イジーが立太子をするとき、僕らもみんな成人することになるのだ。

「今、君はオティーリエ・ゼルマ・アインホルンとして生きている。この先、アインホルン家の当主として、そしてアインホルン女公爵となるのだから、これはきっと成人する前に、片を付けなければいけないんだ」

 僕の言葉にどう思ったのか……、それでもオティーリエは小さく頷いた。

 けれどヘッダに握られているその指先は強張っているように見えて、まだ心の痛みにとらわれていることは隠せていなかった。


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