54 アインホルン公女の前世 そのご
僕の顔を見て、オティーリエは苦笑いを浮かべる。
「アルベルト様の仰る通りです。ああいった場所に子供だけでいさせる。しかも付き人も同じ歳の子供なんてありえない。良識ある方は、どうなっているんだと言ってきましたよ。もちろん、そのことは問題になりました。もともと『彼女』のモデルの仕事に関しては、父親は反対していまして、だから『彼女』の傍に、大人ではなく同じ歳の『彼』が付いている状態であることが父親の耳に入った途端に、モデルを辞めさせられたんです」
その様子から、『彼女』をモデルにさせることに積極的だったのは、母親の方だったことが窺い知れる。
父親の方が保守的というか、『芸能関係は下々がやること』って意見だったんだろうな。つまり、元華族の血筋か、それとも元財閥系の家系だったのかも。
とにかく歴史があって金もある、名家でセレブなお家だったんだろうな。
「正直に言うと、『彼女』はモデルなんてやりたくなかったんです。ただ……、モデルの仕事をしている時は、自分に興味のない母親が、送り迎えをしてくれて、熱心に面倒を見てくれる。自分に関心を向けてくれると思ったんですね。そんなこと、あるわけないのに……」
なんかそれって、注目浴びた子役のステージママ、みたいだなぁ。いや、ステージママもピンキリだけど、自分ができなかったことを娘にやらせてるって感じ?
それとも、娘を使って、承認欲求を満たしたかったのかな。
「それで……、母親は飽きたんです」
「飽きた? えーっと、ステージママをやるのを?」
「ステージママ……。言われてみればそうですね。『彼女』の母親は、それをやるのが、面倒になったんだと思います。結局のところ、周囲の人にあれこれ気を配ったり、良い仕事を回してもらうように手配したり、そういったことが思っていた以上に手間がかかることで、億劫になったんです。それでちょうどその頃に、引き合わせた『彼』が、『彼女』の世話を焼いているのを見て、自分の役割を押し付けたんですよね。口では仕事が忙しくなったからと言っていましたけれど……」
仕事が言い訳だって『彼女』でも気がついたってことは、結構あからさまな態度だったんだろうな。
責任者、もしくは保護者として大人が付いていなければならないのに、子供たちだけでいることを周囲が問題視し始めて、『彼女』の父親の耳に入った、ってことか。
「それに『彼女』が通っていた学校からも注意が入ったんです。幼稚園から大学までの一貫教育を行っていて、かなりお堅い校風だったんです。それで、芸能活動をするなら、サポートが充実している学校に転校したらどうかと」
幼稚園から大学まで……。もしやあれかな、歴史ある家柄のお子様が通うような、いわゆるセレブ御用達の学校。
そういうところは伝統を重んじる傾向にあるから、メディア取材も禁止のはず。もちろん保護者達やPTAも騒ぎ立てるはずだ。
「あの学校に通うことは、『彼女』の親にとってはステータスの一つですから、転校なんて論外だったんでしょう」
だから、モデルの仕事はすぐに終了したというわけか。
「親ガチャ外れだったね」
放置系のネグレクトするわ、自分の自己顕示欲に子供を利用するわ、ストーカーを傍に置くわ、ろくな親じゃねーなー。
「親ガチャ……、ふふっ。本当に、その通りです」
またもやオティーリエは笑顔を見せる。
「こうやって振り返ってみれば、本当に……家族に恵まれていませんね。でも、もし『彼女』にヘドヴィック様のような友達がいたら、きっと何かまた、違っていたと思います」
それはそうだろうけれど、でもヘッダが『彼女』の傍にいたら、何もかも燃やし尽くすと思うよ?
「友達も全くいなかったわけじゃないんです」
「そうなの?」
「はい。幼稚舎に行ってた頃は、まだ仲のいい同性の友人がいたんです。変わったのは初等部になってから。それまで仲が良かった子から、いきなり無視されるようになったんです。『彼女』が気が付かないうちに、相手に不愉快を与える態度を取っていたのだろうかとも思ったのですが、違いました」
違う? ってことは、ジュスティスの前世である『彼』が、なんかしていたってこと?
「ここまで言えば、お気づきでしょう。女子の同級生から、『彼女』が無視されたり避けられたりしたのは、『彼』がそうなるように仕向けていたんですよ」
やっぱりそうかー。
ってことは、『彼』が『彼女』に過干渉だったって言うのは、単純な保護欲というものではなく、恋愛的な意味合いがあったってことか?
「同性からいじめられるようになった原因が『彼』であることを『彼女』が知ったのは、中等部に上がったころです。もうその辺りになると、『彼』からの過干渉が異様になってきて、『彼女』は近づくなと威嚇していました」
「ちょっと待って」
「どうかされましたか?」
オティーリエは不思議そうな顔をして僕を見る。
「気になる点が二つ」
「はい」
「まず一つ、『彼女』はいじめの原因が『彼』だと知らなかった期間、『彼』のことをどう思っていたんだろう? 家族に放置されている状態で、周囲からいじめられるって状況に陥ったとき、一人だけ傍にいたであろう『彼』に依存するんじゃないかな?と、思ったんだよ」
僕の質問に、オティーリエはなるほどと深く頷く。
「言われてみれば、そうなるのが自然だと思います。少しお持ちください」
オティーリエはそう言って、目をつぶって考える仕草をする。
たぶん自分の中で、当時のことを思い返して整理しているんだろう。
しばらくしてから、オティーリエは話し出した。





