52 アインホルン公女の前世 そのさん
何度か瞬きをするオティーリエに、僕は続けた。
「悪役令嬢がヒロインの物語ではさ、主人公の悪役令嬢を笑わせてあげるのは、ヒーローなんだよね」
「え?」
「断罪の場でざまぁされてしまう僕ではなくって、断罪から逃れようと頑張ってるオティーリエを支えてあげる、いわゆるヒーロー。断罪の場で、オティーリエの味方になって、浮気者のバカ王子に煮え湯を飲ませる相手」
僕の話に、オティーリエは口を開いた。
「わたくし……、アレ嫌いです」
「アレ?」
「それまで何もしていなかったのに、最後にちょっと出てきて、悪役令嬢にプロポーズしてくる方」
それ、我が国の国王陛下がやっちゃってるんだけどさぁ……。
「でも『ざまぁ』ものの大半はそんな感じじゃない? ざまぁされた王子様よりも、優秀で、権力あって、国力も上で、血筋も確かなパーフェクトヒーローが颯爽と現れて、婚約破棄された悪役令嬢にプロポーズ。そして二人は、いつまでも幸せに暮らしました。おしまい。だよね?」
昔の…、それこそ僕との婚約話が出てこないように、関わろうとしなかったオティーリエは、その存在をイジーにさせようとしてなかったっけ?
いや、あれは自分の味方を作っておきたかっただけか。恋愛にならなくても良くって、万が一、自分が冤罪で断罪された時に、『公女はそんなことをする人じゃありませんよ』と証言してもらうための、保険だったのかな? 証言者が同じ王族なら、一方的に牢屋入りってことにならないだろうし。
「そうです。でも『彼女』はそんなヒーローに憧れていたわけではなく、わたくしもそんな相手が欲しかったわけじゃありません」
「そうだったの?」
「……はい」
「オティーリエはそれを望んでないんだろうけれど、ジュスティスは望んでると思うよ」
ジュスティスの名を出したとたん、オティーリエの顔が強張る。
「うちの国王陛下がやったようなこと、やりたいんだよね。たぶん」
婚約破棄! からのー、隣国のどえらい地位の王子様からの公開プロポーズ。
悪役令嬢主人公のざまぁものの鉄板だ。
「なら、なおのこと、笑ってよ。オティーリエ」
「え?」
「外でこっちを窺ってるやつはさ、こうして僕らが二人っきりで話してる様子を見て、僕らの仲にやきもきするだろうけれど、肝心のオティーリエがそんなつらそうな顔をしていてごらんよ。『あ、あいつら付き合ってるのに、上手くいってないんだな。付け入る隙があるぞ。しめしめ』って思うんだよね。で、ここに突撃してきて『何やってるんだー!』って、オティーリエを守るヒーローのように現れるんだ。テンプレだね!」
僕が楽しそうにそう言ったら、オティーリエはぽかんとした後に、ようやく表情を和らげる。
「ご自身の状況が悪くなりそうな場面なのに、そんな楽しそうに……ふふっ、おかしいですよ」
くすくすと声を殺して笑いだす。
「アルベルト様は……、怖くないのですか?」
「女神のこと?」
「女神もですけれど、自分の意思や努力でもどうにもならないことに対して」
でもそれはたいてい女神がちょっかい出してきてるからってことだよね。
「う~ん、怖いというよりは、全力で抗ってやらぁ!って気持ちにはなるよね。オティーリエはその先の心配をしてる? 抗ってもどうしようもなかったらって?」
「そう、です」
確かにね、そんな風に先を考える慎重さはあったほうがいいんだけどさ。
「それはそれで、また人生だね。やれることをやり尽くして、でもダメだった。って場合はそれが天命だったんだよ。でも僕はさ、後悔はしたくない。『あの時。ああしていたら』って、そういう悔い方はしたくないんだよ。だからやれることは、全部やることにしてるんだ。無理でも無茶でもやり尽くすよ。それで僕の評判が地に落ちたとしても、『僕はやりたいことは全部やり切ったぞ。ざまぁみろ!』って思うよ」
僕の返事に、オティーリエはまたもやくすくすと笑う。
「アルベルト様の『ざまぁ』は……、人に対してではなく、物事に対して『ざまぁ』なのですね」
そう言ってオティーリエは目を伏せ、何か……昔のことでも思い返している様子だった。
「アルベルト様は……、前世のことはどこまで覚えていらっしゃいますか?」
「前世の自分のこと?」
「はい」
「あんまり覚えてないね」
そう答えたら、オティーリエは虚を衝かれたように目を見開く。
「覚えてない、のですか?」
「成人男性だったことは覚えてるよ。ただ、名前も家族構成も、どんな人生を歩んで、それからなんで死んだのか。そういったことは全く覚えてないなぁ」
あと、今の僕は、前世の自分に関しては、あんまりこだわっていない。
それはシルバードラゴンに、僕が本来この世界の住人であるということを教えてもらったからだと思うんだよね。
「そう、なのですか……?」
「うん。オティーリエははっきり覚えてるよね?」
「はい。名前だけではなく、どんな家で生まれ育ち、どんな家族だったのかも」
んー、まぁ、オティーリエが僕とは違うことは、初期段階からわかってた。
この世界を舞台にした、そして僕らと同じ名前の登場人物が出てくるラノベのことを知っている時点で、オティーリエは僕とは違うんだろうなとは思ってたんだよね。
「ときどき自分が、オティーリエであるわたくしか、『彼女』であった私か、わからなくなる時があるんです」
あー、確かに。
今思い返せば、出会った当初のオティーリエは、この世界の住人という意識よりも、前世の意識に引きずられていた感じはあったよね。
今でもたまに、前世に触れるとブレる。
でも、僕は……オティーリエは、ラーヴェ王国アインホルン公爵家の『オティーリエ・ゼルマ・アインホルン』として、ちゃんと向き合って生きてると思うんだよ。





