48 好きな子に問い詰められた そのに
アインホルン公子は、僕が王子殿下であっても、国王陛下や側近たちから期待されていない名ばかりの王族で、自分の方が敬われて当然って認識だったんだろう。
だから自分よりも下だと思っていた僕が、オティーリエを危険な目に遭わせたにもかかわらず、詫び一つ入れないことに腹立たしく思ったんだよ。
あとアインホルン公子に遜らなかったことも、気に入らなかったんだろうな。
「アインホルン学長は、王族の血を引いてる立場だけど王族じゃない。それをわかっていたけど、わかってなかったんだ」
「病気ってそういう意味だったの? 身分差がわからないってわけじゃないわよね? オティーリエ様のお兄様たちだし……。アルベルト様とは親戚って間柄なのよね? 身内って意識が強かったのかしら?」
平民育ちだったイヴのほうが、よくわかってるじゃないか。
もっとも、僕は側妃の子供って言う立場と、アレの余計なやらかしで、アインホルン公爵家と『身内』って付き合いはしてない。
だから公爵家の継嗣とは一度も顔を合わせたことはないし、次男とは試験の不正冤罪をかけられた時が『初めまして』だったわけだ。
「でも……、いくら身内という認識が強くて、その身分の境界があやふやな状態だったとしても、アルベルト様は王子殿下じゃない。公爵家の人間なら、そんなこと許されないってわかるものじゃないの?」
「病気の人は、それがわからないんだよ」
僕の返事に、イヴは納得できないと言わんばかりの顔をした。
「アンジェリカも、似たような感じだったでしょう?」
アンジェリカのことを出すのは卑怯かなとは思うけれど、アンジェリカがおかしかったのは、母親を亡くしたあと、父親がすぐに愛人を家に入れたことと、父親と継母に虐待を受けて、そこで心神喪失状態になっていたわけだし。
「それは……。でも、あれはウイス教の女神が、アンジェリカに何かしてたんでしょ?」
「心が弱ってた時に、『私は貴方の味方です』って感じで囁かれてたからね。アインホルン学長の病気は、心の弱さも関係してると思うんだ」
心が病んでる人は、人の話を聞かないというのは、イヴも理解してくれたと思う。けど、やっぱり納得はできていないみたいだ。
それでもなんとか、イヴはその理不尽、アインホルン公子の行いを呑み込んでくれた。
「……わかったわ。じゃぁ、もうそのことは何も言わない。アルベルト様が自分で不正の疑惑を晴らしたみたいだし。それに……」
冤罪仕掛けた人が、すでに最果ての門を潜ってしまっているのだし、とは、イヴも声に出して言わなかった。
平民育ちであるイヴでさえ、こんな風に慎重になるのに、アインホルン公子の上二人は本当に迂闊すぎるだろう。
イヴの聡明さに助けられた。そう、油断していたのが悪かった。
「隠し事、他にしてないわよね?」
背後からサクッとやられた感じ。
勘が良すぎるよ、イヴちゃーん!
隠し事、たくさんしてます。言ってないこと、いっぱいあります。
ここで、そんなことないよと言うのはとても簡単で、イヴを女神から目を付けられないようにするのなら、そうした方が良いと思うけれど……。
でもさっきイヴに、自分だけ知らなかったなんて酷いって言われちゃったからなぁ。
みんなが知ってるのに自分だけ知らないのは、置いてきぼりされてるって言うか、仲間外れ感ある。
僕が女神とバチバチ状態なことは、イヴだけじゃなく、イジーとテオ、それからアンジェリカとヘレーネも知らない。
話すと、そこから女神に干渉されそうなんだよなぁ。
話した方が良いのはわかってるけれど、話せないんだよ。
だから、言えることだけ、素直に白状した。
「隠し事、いっぱいあります」
ちょっと怖くてイヴが見れない。
「……それは」
低い声。あー、これは怒ってる声だ。初期の頃のアンジェリカに対して、こんな感じの声で喋ってたの、覚えてるよ。
「私が、アルベルト様に、返事をしてないから?」
え?
「か、関係者じゃないから?」
窺うように僕を見てるイヴの目は、不安そうな色に染まっている。
「ち、がーう!! そんなんじゃないよぉ!!」
たまらず叫んでしまった。
「あ……、ごめん」
目を見開いて固まってしまったイヴを見て、驚かせてしまったと、反省する。
「僕が、そんな、告白に応えてくれないから、イヴをのけ者にする男に見える?」
「そ、そんなことは思ってないけど」
「イヴが気をもむのはわかる。隠し事してるって言われて、それを教えてもらえない理由は、部外者だから教えてもらえないのか?とか、昔からの知り合いじゃないから?とか、親密度が足りないから?とか、そんな風に考える。僕がイヴと同じ立場なら、同じようなことを思うよ」
「なら、なんで教えてくれないのよ?」
「僕の……隠し事は、イヴの将来を捻じ曲げる可能性があるんだ」
イヴは息を呑んで、僕を見つめてるけれど、その視線を傍にいるネーベルとヒルトへ向けられる。
「ネーベルとヒルトは、僕と一緒に最果ての門を潜る覚悟をもってくれてる」
イヴが言いたいことを先回りして告げれば、イヴはビクリと硬直してしまった。
「イヴ」
ずっと黙って僕らの会話を見守っていてくれたヒルトが、優しく微笑みながら口を開いた。
「私もネーベルも、今こうしていられるのはアルベルト様のおかげだ。でもな、それで恩義を感じてお仕えしているというわけではない。アルベルト様こそが私たちの主君だと思うから、お傍に置かせていただいている」
「ヒルト……」
「でもイヴは違うだろう? あぁ、私の言っている『違う』は、身分的なものではないぞ。イヴはアルベルト様に、唯一の人であると、求められている立場だと言いたいんだ」
僕が言わなきゃいけないこと、ヒルトに言われちゃったよぉ。ヒルトから見ると、この辺のことが頼りないんだろうなぁ。





