37 つるし上げではなく、事情聴取そのいち
ソーニョを連れて学長室に入室すると、そこにはトーア学長と騎士科の四年生の担任、そしてもう一人見知らぬ中年男性が一人、そしてヘッダの執事であるクラウディウスがいた。
いつもトーア学長と一緒にいる、たぶん秘書と思わしき女性は、いなかった。今日はお休みなのかね?
「おや? カプラ大公令息もご一緒なのですか?」
トーア学長の問いに頷きながら答える。
「ここに来る前に騒ぎがあったんです。そこにカプラ大公令息もいたので」
捕獲って言うのもなんだしなぁ……。
「彼のことでの話し合いですし、本人に聞くのが一番いいと思って連れてきました」
「そうですか」
どのみち本人に聞くこともあるし、ならここでもう全部話してもらえばいいじゃないか。
「まず今回の話し合いは、リトス王国からレアンドロ・ソーニョという名で留学してきたカプラ大公令息。貴方の今後のことと寮移動の件で話し合うことになっています」
さすがに、議事進行はトーア学長がやってくれるようだ。
「ソーニョの名で留学されていますが、ここはあえてカプラ大公令息とお呼びします」
トーア学長に本名を呼ばれ、ソーニョは苦々しい顔をする。なんで自分の正体が分かったのかと、思ってるんだろう。
そういうところが甘いんだよなぁ。
「貴方がリトス王国のカプラ大公のご子息であることは、去年三学年の夏の長期休暇前には判明していました」
僕からヘッダを通して報告していたからね。
「他国から身分を偽り留学される方は稀にいらっしゃいます。ですがその際には必ず、身分を隠す理由や、本当の身分を公にはしないでほしいということを学園関係者に報告していただいておりました。カプラ大公令息。貴方からはそういった連絡が一切ございません。書類の提出もされていません。報告や書類提出がされていないのは、カプラ大公令息に何らかの事情があってのことだと思い、外務省を通しリトス王国へご連絡させていただきました」
外務省の言葉と、リトス王国への報告の発言に、ソーニョは顔色を変える。
「それはっ」
「話はまだ終わっておりません。最後までお聞きください」
言い訳をしようとしたソーニョを抑え、トーア学長は話を続ける。
「リトス王国からは、謝罪と迎えをよこすというご連絡をいただきました」
そして視線はエウラリア様へとむけられる。
「エウラリア第三王女殿下は留学というかたちをとられていますが、貴方の意向をお聞きするためにラーヴェ王国に来訪されています。カプラ大公令息は、エウラリア第三王女殿下の御呼出しにも応じられないとのことで、お困りのご様子でした。良い機会です。カプラ大公令息、貴方の話を聞かせていただきましょう」
ここにきて、ソーニョはようやく、自分の状況が良くないことに気が付いたようだ。
「話と言われても、漠然としすぎて何を話せばいいのかおわかりにならないでしょう。こちらからの質問に答えていただくという形でよろしいですか?」
「……はい」
返事にかなりの間があったな。なんで即答しないんだよ。
あぁ、もしかしてリトス王国でやらかしたことを言わなければいけないと思ってるのかな?
「まず素性を報告しなかった理由をお聞かせ願いますか?」
「そ、それは……。そのような手続きが必要だと知らなかったからです」
ソーニョの返事にトーア学長は何とも言い難い表情をする。
これは、大公令息ともあろうものが、どうしてそんなことを知らないのだと、思っているんだろうな。
「そうですか。リトス王国はずいぶんと……」
教育が行き届いていないと言いたいのかな。
「トーア学長。国を持ち出しては失礼ですわよ。単純に個人の認識不足ではありませんこと? エウラリア殿下は留学理由をあらかじめご連絡くださっていましたもの」
ヘッダの発言にトーア学長は深く息をつく。
「そうでしたね。カプラ大公令息。確認させていただきます。本日、この場を設けなければ、偽りの身分のまま在学し卒業することになります。そのおつもりだったのですか?」
トーア学長のさらなる問いかけに、ソーニョは息を呑んで、なぜか悔しそうな顔をする。
わからん。なんでそんな顔するわけ?
「っ、そ、そうです」
「その場合、留学と卒業の経歴はリトス王国のソーニョ伯爵令息のものになります。カプラ大公令息が留学して卒業したということにはなりません」
卒業後、カプラ大公令息としてやっていくときに、ラーヴェ王国の王立学園に留学したと吹聴するなというわけだ。
留学と卒業はあくまでソーニョ伯爵令息であって、カプラ大公令息ではないからね。
「前もって偽名を通り名として使用すると連絡をいただいていたならば、書類等は本名でしていただき、学園内では偽名の方を使っていただくこともできました」
「ならっ」
「最後までお聞きください」
身を乗り出すソーニョに、再度トーア学長が押し留める。
「カプラ大公令息は、その手続きをすることなく、最初から我々学園関係者を……言葉は悪いですが、欺くおつもりだった。信用ができません」
「そ……」
「我が国の未来を担う生徒を預かる我々は、万が一を想定しなければいけないのです。特に現在の王立学園には、我が国の王族であらせられる王子殿下がお二人在学しています。ラーヴェ王国民として、優先すべきは我が国の王子殿下たちの安全です。カプラ大公令息が我が国の王子殿下たちに何かをする、何かをしない、そういったことは関係なく、王子殿下たちが在学しているところに、身分を偽り留学してきたこと。それが問題にあたるのです」
疑わしきは罰せず。でも、疑わしい行動をする者を自国の王族と一緒に置いておけないってことなんだろうな。
「他国の王族に近しいお方に、このようなことを申し上げるのは、大変に無礼であり不敬であることは承知しています。ですが我々はラーヴェ王国民です。自国の王族を守る義務がある」
圧倒的な立場の違い。
王族と大公家ではその重みが違うのだ。
ましてや他国の貴族よりも自国の王族を優先するのは当たり前のことだろう。
「申しわけありませんが、このまま留学を続けられるというのであれば、本名を名乗っていただきたいと思います」
疚しい気持ちがないのならば、身分を明かして自分の言動を常につまびらかにしろということだ。
そうして今までずっとソーニョに逃げられて話ができなかったエウラリア様が、厳しい眼差しをむけながら発言した。
「このまま留学を続けるのか、それとも故国に戻るのか、確認のためにわたくしがきたのです。本当の名を明かして留学を続けるというならば、お目付け役としてわたくしもこのまま留学を続行します。それともわたくしとともにリトス王国に戻るのか、今ここで決めなさい」
さんざん逃げ回ってたつけが、ここにも回ってきたな。
次回更新は7/29です





