96 先輩は自分の迂闊さを悔やんだ
僕がルイーザ先輩をお昼に誘っている横で、イジーがヘレーネ嬢に声をかけていた。
「ヘンカー嬢。さっきはきつい言い方をして、貴女を傷つけた。すまない」
「……いえ。わたくしも、差し出がましいことを申し上げました」
じ、自分のことじゃないのに、心臓がバクバクしてる~!!
オティーリエとルイーザ先輩がイジーとヘレーネ嬢のことを凝視して、それから僕の方を見る。
お願い! 頼むから何も言わないで! いや、だってね、ほらオティーリエたちが教室を離れたのはイジーとヘレーネ嬢が言い争ったからでしょう? 二人を離して冷却期間を置かせたかったからでしょう?
イジーもヘレーネ嬢も、本来、感情的にガーってものを言うタイプじゃないし、落ち着けば自分たちの行動に、『やっちまった~』って思うじゃん。
二人はそう思ったら意地を張ったりしないで、素直に自分の非を認めるタイプだからさ。
ぎこちないのは、こんな状況になることがあんまりない子たちだから、だから変に何か言ったりしないで、お願い。
僕が無言で何度も首を横に振ってると、オティーリエは何か言いたそうな顔をしながらも何も言わないで、ルイーザ先輩とブルーメ嬢を促す。
「ルイーザ先輩こちらです。アンジェリカ様、行きましょう」
僕とオティーリエの微妙なやり取りに、ルイーザ先輩は口に手を当て、何度か瞬きはするものの、何も言わないでいてくれた。
セフセフ。
「酷い!!」
あ、忘れてた。
廊下に座り込んでぴえんぴえんと泣きじゃくってるオクタヴィア・ギーア嬢。
「酷いわ! 私っ! オティーリエ様にっ……! うわぁぁぁぁっ!」
具体的に何かされたとか言わないのがさぁ、うまいなぁ。
でも僕は相手にせんよ。そしてそれはオティーリエにもイジーにもさせない。
「アル!」
「イグナーツ様!」
騒ぎを聞きつけたのか、ネーベルとリュディガーが駆け寄ってくる。
「いったい何が……」
口元で人差し指を立てると、ネーベルは黙り込む。
「行こう」
「え?! いいんで」
最後までリュディガーが言い切る前に、ネーベルが手で口を塞ぐ。
「イジー、ヘレーネ嬢も行くよ」
オクタヴィア・ギーア嬢の方を見ようと振り返ろうとした、イジーとヘレーネ嬢にも声をかけ、女子組とイジーを先に歩かせる。
ネーベルに視線で合図して、リュディガーの口を解放する。
「リュディガー、迂闊すぎるよ」
いちいちこんなことで反応しちゃダメなんだって。そういった隙をついてくる人間が、イジーの足を引っ張ろうとしてくるんだからね。
「もうちょっと頑張ろう」
「……はい?」
「ごめん、ネーベル。リュディガーのこと頼む」
「わかった」
おろおろしているリュディガーが、最後にオクタヴィア・ギーア嬢を振り返ろうとしたので、両手で掴んで阻止する。
「イジーの後、ついて行って」
「あ、あの」
「関わるなと言ってるんだよ」
僕の雰囲気から、オクタヴィア・ギーア嬢に反応してはいけないと理解したのか、慌ててイジーたちの後を追いかけていった。
残った僕とネーベルは、まだ野次馬している生徒たちに、小声で声をかける。
「怪我してたら救護室に連れて行ってあげて」
「え?」
「怪我していなかったらそのままでいいよ」
「はい」
野次馬している人たちは、僕とオクタヴィア・ギーア嬢を代わる代わる見ながらも、頷いた。
「行こう、ネーベル」
ネーベルに声をかけてその場から移動する。
「あれ、なんだったんだ?」
「オティーリエに難癖をつけたそうだよ」
僕の返事にネーベルは出てくるため息をこらえるような顔をする。
「詳しい話はオティーリエに訊いた方が良いね」
オティーリエ自身もよくわかっていない様子だったけど、どうなんだろう?
いつものリザーブしている部屋に行くと、すでにヒルトたちとテオが待っていてくれた。
「お待たせー」
「アルベルト君! 大丈夫だった?」
ルイーザ先輩の問いかけに頷きながら、シルトが引いてくれた椅子にすわる。
「野次馬している人たちにあと任せてきました。まぁ、何かあれば呼び出しでも何でも、またあるでしょ」
呼び出しの言葉にオティーリエの顔が強張る。
「何かあったら私も証言するわ」
「ありがとうございます。ルイーザ先輩も、巻き込んでしまってすいません」
「いいのよ。アルベルト君にはお世話になった身だし」
ルイーザ先輩との会話に、またしてもイヴが『われぇ、オティーリエ様だけじゃなく、他の女子にもコナ掛けしとるんかい!』みたいな視線を向けてきた。
ちがーう! したのは人生相談っぽいもの! 口説いたりしてないから! 本当に、そういうことはイヴにしかしてないから!!
「あ、イヴ。こちらはルイーザ・ランゲ先輩。領地経営科の五年生の先輩だよ。二年の時にイヴを突き飛ばした騎士科の先輩いたでしょう?」
「騎士科の先輩。あぁ、あの人?」
それがなんだって目で見ないで~。
「えーっと、元婚約者……、でいいんですよね?」
「えぇ、婚約は解消になったわ。それよりも、今聞き捨てならない話を聞いたのだけど、どういうことかしら?」
あれ? ルイーザ先輩、ベーム先輩がイヴを突き飛ばした話知らないの? だってあの時僕を怒らせたからって、ルイーザ先輩を通してヒルトに話を持って行ったんじゃなかったっけ?
その話をしたらルイーザ先輩は首を振って答える。
「彼女を突き飛ばした話は聞いてないわ。ただ、アルベルト君を怒らせてしまった。謝りたいから、話を通してもらえないかと言ってきたのよ。あの頃は婚約解消にしてほしいって話をしている真っ最中で、ウルリッヒとも距離を置きたい気持ちが強かったから、何をやって怒らせたのか、そんな話は聞きたくなかったの。でも何度も断ったんだけど、しつこくって……」
それでヒルトに話を通したらしい。ルイーザ先輩の話にヒルトもその通りだと頷く。
「でも、あぁ、こんなことならちゃんと話を聞いておけばよかった」
ルイーザ先輩は、いまさらながらに、何も聞かなかった自分の落ち度を悔やんでいるようだった。





