とある王弟殿下と公爵子息の話
拙作、乙女ゲームの悪役に転生したけど全力スルーの方向でを読んでいないと意味不明です。読んでいても意味不明です。まぁ視点が変われば見方も変わるよ、的な。
「スフィ……アラナ様……。」
嘆息のような儚さで、少年は言葉を紡ぐ。
「ああ、アーノルドか。どうしたね?」
投薬の副作用で肥大化した身体を安楽椅子に押し込めて、王弟スフィアラナは穏やかに返した。
まだ十になったばかりの少年を怯えさせてはならないと、殊更に柔らかな声音を意識する。
「ラドルフ……侯爵令嬢との……。」
「ああ、レーチェの事だね。大丈夫、私が求婚を続ける以上は……」
「婚約が決まりました。」
「……なに?」
「私と、令嬢との、婚約が、……決まりました。」
「何故!? いやしかし、王弟である私が求婚する以上、公爵家の出る幕はない筈だ!!」
「王命で。」
「馬鹿な。」
「勅命で、その様に。」
「ああ……、陛下……!!」
どこまでこの幼子を、追い詰めれば気が済むのだろう。
「スフィアラナ様……ありがとうございました。私の為に、謂れの無い誹りを受けて……」
「言うな! 私は無力だ。」
「良いのです。私はきっと……最初から逃げられなかった。」
「アーノルド!」
「せっかく母上が、半分もの新しい血を与えて下さったのに。」
「アーノルド。」
「せっかく火使いに、産まれることが出来たのに。」
「アーノルド。」
「せっかくこの淀んだ血が、赦されると思っ……」
「アーノルド!!」
何故自分には、この椅子を立ち上がる力が無いのか。何故自分には、この哀れな子供を抱き締める術さえ無いのか。
「令嬢と結婚すれば、私の子は真っ当に生まれるかも知れない。でも孫は? きっとまた『混ぜられ』ます。」
ボロボロと、美しい蒼穹の瞳から涙が零れる。
「何人生まれますか? 何人まともですか? 何人が、真っ当に育ちますか?」
「アーノルド……、大丈夫だ。ラドルフ侯爵に相談しよう。」
「そんな事をすればグランフィルスは……!」
「大丈夫、レーチェに求婚した事で私は蛇蝎の如く嫌われているが、しかし話くらいは聞いてもらえる筈だ。」
「いけません……、だって、そんな……。」
「君の心が壊れる事に比べれば、幾らもマシだ!!」
その言葉を聞いて、アーノルドはグズグズと泣く。
「とにかく君は、令嬢に嫌われろ。どんな手を使っても良い。周りにどう思われようが良い。ただただ、しかし付かず離れずに嫌われろ。」
言ってアーノルドの柔らかで美しい髪を、少し乱暴に掻き混ぜる。
「私は君の左足を、可愛いと思うよ。」




