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人の気配を感じてリヒトが引きとめる間もなくあっさりと姿を消したアルバに思わず遠い目をしてしまう。
「……どんどん神出鬼没になって行くな」
弟の成長を微妙な心境で見守りながら背後から近づく気配に溜息を吐く。
「何の用?」
「冷てぇの」
「当然の反応だと思うけど」
「用があるのは俺じゃなくて団長殿。お前の実力がみたいんだってさ」
ニヤリと笑うジェロージアにリヒトはげんなりと溜息を吐く。
「……今更?」
「俺が強いって言ったら是非ってさ」
「ジェロ。お前はホント余計なことするね」
「いいじゃん。久しぶりに手合わせしようぜ。
……俺が勝ったらここに残れよ」
「嫌だね。それに俺、負けないし」
どうしてそこまで自分に執着するのかはサッパリ分からないが、身体を動かしてサッパリするのも良いだろうとリヒトは大人しくジェロージアについて行くことにした。
ついでにノクトからの手紙を破かれた鬱憤を晴らすつもりで訪れた鍛錬場には予想以上に人が集まっていた。
聞くところによるとこんなふざけたやつではあるものの騎士団の中では実力者として扱われているらしく、そんなジェロが強いと太鼓判を押した自分の実力見たさに集まって来たらしい。
ノクトの養い子だからという興味もあるようだ。
「……嫌がらせとしか思えない。お前本当に俺のこと気にいってるわけ?」
「モチロン。お前は1番のお気に入りだぜ。
だからどんな手を使ってでもここに残ってもらう」
そう軽口を叩くジェロージアに溜息を吐いて剣を構える。
ざわつく空気が静まり返ってどこかから固唾を呑む音が聞こえた気がした。
キィインと鍛練用の剣とは思えない激しい音を立てて剣と剣がぶつかり合う。
それでもお互いにまだ小手調べの状態だった。
2合3合と見ている方が疲れるような打ちあいが続く。
先に仕掛けたのはジェロージアだった。
リヒトは打ちこまれた剣をするりと受け流し反撃に出るが寸前のところ阻まれる。
まるで模範演技の様な見事な攻防が繰り広げられた。
「お前、こんなに、強かったっけ??」
ガキンと迫りくる剣を弾いてリヒトが薄らと笑う。
まだまだ余裕が見えるリヒトにジェロージアは顔を顰めた。
久しぶりに本気を出してみてもこれだ。
「なに?お前の中じゃ、俺は、そんなに弱かったわけ?」
弾む息をそのままに吐き捨てるとリヒトがニッと笑う。
そこには普段の穏やかさは見えない。
学生時代には見せなかった勝負を楽しんでいる獣のような目にゾクリと背が粟立った。
「さぁね。だけど、流石は期待の新人騎士殿ってとこじゃない?」
遊びはおしまいとばかりに弾き飛ばされた自分の剣と喉元に突きつけられたリヒトの剣。
降参と両手をあげながら弾んだ息を整えた。
チラリと見た鍛錬場の端には興味深々の目でリヒトを見つめる騎士団の団長の姿。
ジェロージアはそっと口の端を釣り上げた。
その笑みに気付いたリヒトは訝しげに眉を寄せてジェロージアの視線を辿り、その先から注がれる熱い視線に頬を引きつらせた。
やられた。ストレス発散に来たはずなのに、またストレスの原因を自分で作ってしまった。
「やっぱり強いな」
「俺の剣はボスをお守りする為にあるからね。他で使うつもりはないよ」
白々しいことを言うジェロージアににっこりと笑って答える。
牽制の意味を込めて熱い視線のもとである壮年の男に視線を向けると残念そうに肩を落とされた。流石に夜の闇を敵に回す気はないらしい。
ジェロージアから小さな舌打ちが漏れる。リヒトはそれを鼻で笑ってさっさと鍛錬場を後にした。
『私とのことも考えてください』発言から王女は積極的にリヒトに話しかけてくるようになった。
「よく、花を求められるそうですね」
セイラに贈る花を考えていたリヒトの背後から王女がひょっこりと顔を出す。
「はい。実家に送る用に頂いてます」
「母君に?」
静かに微笑んで王女が問う。
リヒトはパチリと目を瞬いてそう言えば姉ちゃんには花を贈ろうなんて発想なかったなと今更ながらに思った。
それと同時に心のどこかでルナに花を贈ってもいいのはノクトだけだと思っている自分に気がついて微苦笑を零す。
子どものころはそんな考えとんとなくて大好きなふたりに庭師のお爺さんからお手伝いのご褒美に貰った花を渡したこともあったような気がする。
けれど、いつからか自然とそれをしなくなった。
「それは父だけの特権のような気がして」
「では、妹君かしら」
「頑張っているらしいので、ご褒美もかねて」
クスリと笑ったリヒトに王女は苦しそうに顔を歪める。
けれど、自分が贈った花を嬉しそうに抱くセイラの姿を無意識に想像していたリヒトはそれに気がつかなかった。
「ご褒美、ですか。……少し、羨ましい」
「王女殿下?」
「なんでもありません。きっと妹君は喜ばれているのでしょうね」
「だといいのですが」
咲き乱れる花々をしばらく二人で眺めながらリヒトは今回贈る花を決めた。
すっかり馴染みになった庭師に花を切り分けてもらい部屋に戻ると相変わらず神出鬼没なアルバが不機嫌そうにベッドに座っていた。
すっかりご機嫌斜めな弟にリヒトは困ったように眉を下げる。
ここ最近の不機嫌の理由は心なしか積極的になった気がする王女殿下と相変わらず鬱陶しい上にしつこいジェロージアだろう。
「兄さん、まだ帰らないの?このままだといつかホントに帰れなくされちゃうよ」
「まだ期限が残ってるからね」
「王女も兄さんの友人もしつこい。俺たちの兄さんなのに」
俺、あの人たち嫌い。と呟くアルバの頭を苦笑い混じりに撫でる。
「俺の出す答えは変わらないよ。宰相閣下も夜会が終わったら帰ってもいいって仰ってるし」
「その夜会、絶っっ対何かあるよ!」
「分かってる。大丈夫だから心配しないで」
「でも!!」
「アルバ。
俺はアルバたちの兄さんだよ?大丈夫」
「……うん。なにかわかったら知らせる」
「ありがとう。無理したらダメだよ」
しぶしぶ引き下がってくれたアルバのあたまをポンポンと撫でる。
ふにゃりと表情を緩めたアルバは思い出したように言葉を続けた。
「うん。あ、父さんと姉さんに報告に帰るけどなにか預かる?」
「じゃあ、これお願いしてもいい?」
「任せて!!……これで姉さんの被害者が減るといいな」
「……被害者って、セイラは何をやってるの?」
ちょっと、いや、大分怖い。
なにかをやらかしているだろうセイラのすぐそばで涙目でぷるぷる震えているステラの姿が簡単に想像できてしまうのが悲しい。
なんかごめん、ステラ。
何か言いたげなリヒトにアルバはこっちの話と誤魔化しにもならない言葉を告げてリヒトから預かった手紙と花を大切に抱えて帰って行く。
どこまでもマイペースな弟に呆然としながらリヒトはますます自分のせいでセイラが暴走しているのではないかと不安になる。
どうかアルバに託したアスターの花が少しでも自分がセイラを心配していることを伝えてくれるようにと願った。




