54
一方追い出された父子三人はノクトの執務室でくつろいでいた。
「父さん、面白がってないでなんとかしなよ」
「馬に蹴られるなんざごめんだ。お前が何とかしろ」
「無理に決まってる。やっぱり兄さんに頑張ってもらうしかないかな」
「何の話?」
嫌な予感はひしひしとするが振られてしまえば話に加わらなくてはいけない。
例えノクトの口がニヤリと歪んでいても。アルバの普段、無気力・無感動な瞳が爛々と輝いていても。
「まさか兄さんだってあの姉さんが本気で諦めたなんて思ってないでしょう?」
「……」
無言で目を逸らしたリヒトにアルバはにんまりと笑った。
「今だってジオを巻き込んで作戦会議してるだろうし」
「なんだかんだでアイツはお前らに甘いからな。
あの猪突猛進娘に引くなんて芸当ができたのは驚きだが、お前の反応を見ると悪くないみたいだな。
さて次はどんな手でくるやら」
「どういう意味?
というか怖いこと言わないでよ」
クツクツと楽しそうに笑うノクトにどうしてこんなことになったんだろうとリヒトはため息交じりにこれまでの経緯を思い出していた。
あの夜から全力で好意を伝えてくるようになった妹のそれが止んだことから始まる。
諦めたのかなと思わなかったわけではない。
実際、そう思ったから安心したような、寂しいような自分でも上手く処理できない複雑な気分を味わった。
けれど、ある日気づいてしまった。
自分の反応を伺う期待の篭った瞳に、思い通りの反応を返してやれない自分に落胆する姿に、気付いてしまった。
よくよく考えてみたら、ボスに正面から喧嘩を売れる胆力の持ち主であるセイラが、こんなにあっさりと諦めるというのは違和感しかない。
色々と考え直したリヒトは可愛い妹の精一杯の駆け引きを微笑ましく思いながら、心をざわつかせていた名前のない感情の代わりに居座る妙な安心感に首を傾げる日々を過ごしていた。
この安心感が一体何なのかを考えはみたけれど、どうにも答えが出ない。きっとボスやジオに相談すれば呆れた顔でヒントをくれるのだろうけど、そこまでする気にはならないし、自分で答えを出さなければならないものだとも思う。手遅れになる前に気付ければいい。こういうものはある日、突然答えが分かることがあることをリヒトは知っている。だから最近は深く考えないようにしていた。そんな折に、再びセイラが今度はジオまで巻き込んで談話室を占拠したところで現在に至る。
「正直なところ、あれに纏わりつかれてどうなんだ?」
そんな現実逃避さも許さないと言わんばかりにノクトの真剣な目がリヒトを射貫いた。
「どうって、言われても……」
からかう様子から一転して真剣な顔になったノクトに困惑するリヒトにアルバが言葉を足す。
「実際のところ、姉さんに言い寄られて迷惑じゃない?」
あまりの言いように思わず苦笑いが零れる。
けれど、アルバの言葉のおかげで二人がリヒトの心配をしてくれていることに気付いた。
「……しばらく外の仕事を回してやることもできるが?」
伺うような探るようなノクトの視線にリヒトはパチリと目を瞬いてくすくすと笑った。
「問題ないよ。迷惑じゃないし、困ってもないから大丈夫」
「本当に?無理してない?」
「あんなに可愛い告白が迷惑なはずないよ。
それにセイラは外の世界を知らないから俺のことを好きだって言ってくれるだけできっと外の世界を見たらもっといい人を」
見つけてくるよ、と続くはずの言葉は蹴破るように開かれた扉の音に掻き消された。
「違うもん!!私は、ずっとずっと兄様だけだもん!兄様しか好きにならないもん!
兄様がいいの!他の誰でもなく私はリヒト兄様が好きなのよ!」
「セイラ、」
叫ぶように告げられた言葉にリヒトは呆然と立ち尽くす。
肩で息をするセイラはギンとリヒトを睨みつけて言葉を紡ぐ。
「外の世界を見ても、私は兄様を好きでいる自信があるわ。
どんなに素敵な人が現れても私の特別は兄様だけだもの。
だから、なかったことにしないで。ままごとだと思わないで」
ままごとだなんて思ったつもりはなかった。
けれど、自分への恋心はいつかへの通過点でしかないと思っていた。
心のどこかでそうやって逃げてセイラの気持ちと向き合っていなかった。
それに気づかされたリヒトは愕然とした。
そんなリヒトにお構いなしにセイラは言葉を紡ぐ。
「信じてもらえるまで何度でも言うわ。
リヒト兄様、大好きよ。愛しているわ」
静かに、けれど情熱的に囁かれた言葉にリヒトの目が大きく見開かれる。
これは、誰だ?
セイラは小さな女の子のはずだ。
いつからこんな顔をするようになった?
知らない。こんなセイラをリヒトは知らない。
「兄様がその気なら私だって容赦しないから。覚悟して。
絶対にあと一年半で落としてあげる」
艶やかに微笑んでセイラは立ち尽くすリヒトに背を向けた。
小さな背中が見えなくなるとリヒトは大きく息を吐き出してその場に座り込む。
「リヒト」
「……ボス。俺、部屋に戻るね」
「あー、まぁ、頑張れよ」
「兄さん、頑張って」
心からの同情の視線を貰いながらリヒトはふらふらと自室に戻っていった。




