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ルナに背中を押してもらったことで少し気持ちが軽くなったセイラは自分のできることをしようとモヤモヤを頭の隅っこへと追い払って黙々と仕事をこなしていた。
もちろん、リヒトのそばにいられる時間は一秒たりとも無駄にしないようにドSなボスと低レベルな攻防を繰り広げながら。
しかしあまりにもいつも通りすぎるセイラの反応は周りの大人たちにとってちょっとした恐怖でもあった。
「………気味が悪い」
「………自分の娘だろ」
「ついに諦めたのか……?」
「それ本気で言ってんのか?ボス」
「「……」」
あれからもリヒトは休みのたびにセンパイとやらと会っている。
鈍感なリヒトにもついに春が来たのか!と思う反面、リヒトに女ができようものなら黙ってはいないであろう双子――特にセイラの反応が大人しすぎる。
ルナとニナは面白くなさそうに口を尖らせて拗ねているというのにだ。
「……嵐の前の静けさ、ってやつじゃねぇのか??」
「……嵐程度で済めばいいけどな」
「怖ぇこというなよ!!ちい姫には見合いブチ壊したって前科があんだぜ!?
今度は何する気だよ!?」
「んなもん俺が知るか!」
いい年をした男二人が一人の少女の恋愛事情のおかげで本気で頭を悩ませている。
はたから見るとマヌケとしか言いようのない光景の中に軽快なノックの音が響いた。
「……入れ」
「失礼します。……ってどうしたの?二人してそんなに難しい顔するなんてまた何かあったの?」
「……リヒト。お前に確認したいことがある」
「どうしたの?」
「あー、その、あれだ。いつも会ってるセンパイとやらのことは本気なのか?」
「は?本気って……?」
「結婚を考えてんのか、ってことだ」
あまりに真剣なノクトとジオの顔にリヒトはポカーンとした顔のままたっぷり時間をかけて紡がれた言葉の意味を噛み砕く。
えーっと、その誤解、まだ解けてなかったの……?
としかリヒトには言いようがない。
彼女とは昼間、人目の多いカフェでお茶を共に日常のちょっとした雑談をしているだけでこれ以上ないくらいに健全なお付き合いしかしていない。
それはふたりも重々承知だというのに何がどうなってそんな話になっているのかリヒトにはサッパリわからない。
ノクトとジオに言わせれば家族以外を特別視しないリヒトが休みの度に双子の恨みがましい視線をスルーして同じ女性と会っているというだけで彼女はそういう対象にしか見えないのだがリヒトは欠片も気づかない。
双方かみ合わないまま見つめあう中でリヒトの中の悪戯心が久しぶりにひょっこりと顔を出した。
「確かに彼女は俺にとって特別な人だよ。
ずっと笑って、幸せでいて欲しいって思う人。
だけどそれは別に俺の隣でなくてもいいんだ」
わざと“特別”に力をこめて最後の付け足しの一文をぼかせる。
なにか言いたそうなジオを笑顔で黙らせてリヒトはノクトの執務室に訪れた本来の仕事を済ませ、眉間に皺を寄せて言葉の意味を考えこむ二人にクスリと笑って部屋を出た。
いつものカフェで優しいひと時を過ごす。
可愛いくっつき虫三匹とヤキモチやきでいつまでもかわいい母と姉貴分、ここぞとばかりにからかってくるドがつくSの父親と胃を抑えて顔を歪める兄貴分兼師匠から解放される時間は新鮮で毎日どこかで必ず低レベルな親子喧嘩が勃発する家に比べてとても穏やかな時間だった。
既に定位置となった席でとりとめのない話を話す。
リヒトはもっぱら可愛い弟妹たちの話になるのだが、無自覚にシスコン・ブラコンっぷりを発揮するリヒトの話を彼女は呆れながらも笑顔で聞いてくれる。
「最近、セイラの様子がちょっと変なんです。
お年頃だし反抗期とかで兄様キライとか言われたら俺……!」
「全く、いつからココは君のお悩み相談所になったんだい?」
呆れたように笑ったセンパイにリヒトは安心して悩みを吐き出すことにした。
「だって!今まで俺にベッタリだったのに!
いや今も仕事が終わったら真っ先に俺のとこに来て一緒にお茶するんですけどね!!
アルバとステラも一緒に!
もうホント三人とも可愛くて……!!」
「………安心しなよ。私がそれくらいの頃なら兄さんと必要最低限しか口利かないとか普通だったから。
しかも目をあわせないように細心の注意を払って」
半眼になって肩を竦めたセンパイにリヒトはくわっと噛みつく。
「ちっとも安心できないんですけど!!
今年は誕生日プレゼントもまだ決まってないし……。
もうぬいぐるみとかじゃ喜びませんよね?かといってアクセサリーは早すぎる気もするし……」
「早すぎるって君、一体どんなものを贈るつもりなの?」
「セイラはボスに似て美人だからルビーとかが似合うと思うんです!
デザインも可愛いのよりも綺麗なものの方がいいな。
アルバとお揃いでなにか探してみるのいいかも」
「……君って頭はいいのに馬鹿だよね。もっと常識とかを学べばいいと思うよ」
「え?」
「妹君がもっと年頃になったら何を贈る気だい?」
「あ」
「ホント、家族のことになると周りが見えなくなるよね。素が駄々漏れになるというか」
「……」
「不貞腐れても可愛いだけだっていっただろ。
でもまぁ、昔より大分マシになったんじゃないの?
出会ったころは本当に侯爵殿たち以外どうでもいいってカンジだったし」
センパイはそう柔らかく微笑んだ。
その優しい微笑みにリヒトはなんとなくばつが悪くなった。
「……今もそんなに変わりませんよ。
俺、たぶんあそこを守る為ならなんだってするし」
「……君のお嫁さんになる人は大変だね」
そんなリヒトに気付きもせずに、目を伏せてそう囁いたセンパイに目を瞬く。
「どういうことですか?」
「君と同じだけ君の大事なものを大事にできる人じゃないときっと嫉妬で狂っちゃう」
「……そういうものですか?」
「お子様。政略結婚なんてつまらないものに捕まる前に初恋くらい済ませなよ」
一瞬泣きそうに見えたセンパイの顔がすぐにいつもリヒトをからかう時の笑みにかわる。
それに安心してリヒトはおどけるように笑った。
「あんまり興味ないなぁ。
センパイが相手をしてくださるなら喜んでチャレンジしてみるんですけど」
「おぉう。センパイをからかおうだなんて生意気だぞ。コーハイくん」
「ちぇっ」
「それに、私はもう予約済みだよ。
残念でした」
「そうだったんですか!?おめでとうございます!!俺、全然知らなくて……。
というか俺と会ってて大丈夫なんですか?相手の方に誤解されたりとか……」
「最後の自由時間くらい好きに使うさ。というか私がそんなものに縛られると思うの?」
「思いません」
「……君ね。
まぁ、そう言う訳でこれからも私の暇つぶしに付き合ってくれたまえよ。コーハイ君」
「センパイの仰せのままに」
顔を見合わせてクスリと笑うとふたりはそれぞれの帰路についた。




