20
ボタンをきっちりとめてネクタイをしっかり締める。
前髪も後ろに撫でつけて息がつまりそうな正装に身を包む鏡の中の自分に溜息を吐いた。
―――コンコン。
「時間だ。ボスに顔見せて出るぞ」
その声にリヒトはまたひとつ溜息を吐いてのろのろと自室の扉を開いた。
扉の向こうで待ちかまえていたジオは同じように他所行きの高そうなスーツをビシっと着こなし、いつもの苦労人や親バカな姿が想像できないくらいにイイ男に仕上がっている。
それを恨めしげに見上げると驚いたような何かを心配しているような複雑そうな瞳と目が合った。
「……ちゃんと喰われずに帰って来いよ」
「なにそれ。どうして俺が喰われる方なの?」
「……」
「だから何その反応」
「いや、なんつーか……うん。成長したよな。お前」
つい先ほどまで頼りになる大人の男だった姿がガラリと残念なモノにかわる。
リヒトは無言で歩きだした。
今更だがお見合いなんて憂鬱でしかたない。
必要な情報は収集したつもりだけれど、それでも結局最後までボスの企みは分からなかった。
溜息と共に身なりの最終確認をしてノクトの執務室の扉をノックする。
「……入れ」
いつも以上に気だるげ……というよりも疲れ切った声に首を傾げながらリヒトは「失礼します」と声をかけて部屋に踏み込んだ。
入った途端にじとっという恨めしげな視線を向けられてヒクリと頬を引きつらせる。
斜め後ろにいるジオが頭を抱えながらやっぱりかと呟いた気がしたが確認する余裕はない。
助けを求めるようにノクトに視線を向けるも既に疲れきっている彼は諦めろと首を振るだけだった。
「ね、姉ちゃん?どうしたの??」
「……聞いてない」
「え?」
「リヒトがお見合いするなんて私、聞いてない!!」
「えぇえええ!?嘘!?極秘って姉ちゃんにも秘密にしてたの!?ボス!?」
「しょうがねぇだろ。色々と事情があったんだ」
「事情?一体どんな事情があったのか詳しく聞かせてもらおうじゃないですか!ノクトさん!
私だってリヒトのママなんだからね!大事な息子の将来に関わることをひとりで勝手に決めちゃうなんて酷い!!」
「……悪かった。そのことは謝る。だからちょっとの間大人しくしてろ。
その大事な息子の将来のためだ。いいな?」
「……」
プクリと頬っぺたを膨らませたまま黙りこんだルナにノクトはほっと息を吐いてリヒトに向き直った。
「前も言ったが、最終的にどうするかは好きにすればいい。
俺がこの話を受けたのはお前の経験のためだ」
「うん。
ボスと姉ちゃんには悪いけど俺まだお嫁さん貰う気ないから。
じゃあ、行ってきます」
泣きそうな顔でこちらをじっと見つめるルナにリヒトはクスリと笑って背を向けた。
「~~~っ、ばかりひと」
「……来い」
情けない顔で唸るルナを引き寄せてノクトはそっと目を閉じた。
自由にすればいい。
そう思うのに見えない鎖がジャラジャラと音を立ててリヒトに絡みつこうとする。
ノクトが現役でいられるうちは大事な子どもたちは何が何でも守る。
それだけの力があると自負している。
けれど、ノクトが退いたあとは?
可愛い弟妹のためなら簡単に自分を犠牲にしてしまうリヒトだから、あのふたりにはいつまでも弟妹という守られるポジションにいられては困る。
少なくとも自分の跡を継ぐ方には自分と同じ守る立場にいてもらわなければならない。
それがどんなに残酷なことでも、親としてではなくボスとしてそれを望まなければならない。
「……この場所にリヒトが戻った以上、手を伸ばさなければ失くすだけだぞ」
自分の願いを叶えるために跡を継ぐと宣言した娘。
自分が後継ぎとして目を付けた我が子。
現時点での最有力候補。
今のお前がどこまでできるか、俺にこの椅子を寄こせとぬかしてからどれだけ成長したか見せてもらおう。




