20話 正体不明の転校生‥‥だと!?
陽一と奏、データバンク藤本の三人で件の転校生に関する予想を話し合っていると、女子の中でも小柄な生徒と 男子でも見上げる程の大柄な生徒が一緒に教室へと入ってくる。
「ファーストッ!!」
小柄な方の生徒は その目に陽一の姿を捉えた瞬間、弾かれたように急接近してくる。
「おー、チェリーじゃん!」
「チェリーって言うな!!」
チェリーこと、妻川桜はその小さな体で精一杯の怒りを表す。
短い黒髪には赤色のメッシュが入っており、左目には眼帯を付けている。
なお、目の病気が原因ではない。
『ファースト』とは桜が名付けた陽一のコードネームで、『チェリー』とは桜が陽一にそう呼ぶように言った彼女自身のコードネームである。
しかし高二に上がる頃『チェリー』に『未体験の女性』というニュアンスの意味があることを知った桜は、以降そのあだ名で呼ばれることを酷く恥ずかしがるようになってしまった。
そもそも『チェリー』と呼んでいたのは陽一くらいだったので、今ではたまに陽一がからかい半分で口にする以外では呼ばれる機会などないのだが。
「そ、それよりもファースト! もう学校に来ても大丈夫なのか‥‥?」
桜は心配そうに上目遣いで陽一を見つめる。
小動物を彷彿とさせるその姿は庇護欲をそそられるものであり、桜は裏で密かに男子達に人気があるのだが本人は全く気づいていない。
陽一としては、桜の言動に他意は無く その小動物っぽい仕草も素でやっていることを知っているため、言葉通りの意味として受けとることが出来る。
「大丈夫だって、たまたま打ち所がよかったんだよ」
「そんなはずない! トラックに轢かれたんだぞ!? 三日しか経ってないんだぞ!? まだどこか痛む所があるんじゃないか!?」
そう言うと桜は陽一の体のあちこちをペタペタと触りだす。
「ちょっ、桜さん!?」
桜の表情は真剣そのものであり、初めは恥ずかしがっていた陽一も次第になすがままとなっていく。
そしてどこにも異常がないことを確認し終えたのか、一歩下がって震える声で呟く。
「本当に……」
「さ、桜‥‥?」
「……もう一度聞くが、どこもおかしな所は無いんだな?」
「大丈夫だってば!」
まだ心配し足りないのかあれこれと事細かに質問してきたり、手をにぎにぎしたりしてくる桜。
そしてそこにストップを掛けたのは、後から来た大柄な生徒だった。
「桜ちゃん? 嬉しいのは分かるけど、あんまりさわさわすると陽一ちゃんの陽一ちゃんが大変なことになっちゃうわよ」
「はっ! す、すまないファースト……ん?『陽一の陽一が大変』ってどういうことだ?」
「もっと言い方あるだろ!? カマちゃん!!」
陽一に″カマちゃん″と呼ばれた生徒は頬に手を当てて妖艶(?)な笑みを浮かべる。
身長195cm、体重98kg、小柄な桜の隣に立つとその大きさがいっそう際立って見える。
ちなみに本名は釜根綾子という可愛らしい名前だ。
そのねっとりとした口調と 男子と比べても高い身長、そして引き締まったゴリゴリ筋肉から『女っぽい男』と間違われやすいのだが、その実『女っぽい男っぽい女』というややこしい生物なのである。
「綾ちゃん、やっぱりファーストは凄かったよ!!事故に遭って三日で回復するなんて‥‥きっとご先祖様に優秀な葬魔術の使い手がいたんだ!!それで!それが今、世代を超えてファーストに受け継がれたんだよ!!」
「はいはい その話は後で聞くから、今はそっとしておいてあげましょうね」
興奮する桜を綾子が諌める。
幼馴染みでもあるこの二人の間では何度も見られる光景だ。
少し経ってようやく桜が落ち着いてきた所で、それまでにこやかな表情で事の推移を見守っていた奏が話を切り出す。
「そうだ二人とも、これはデータバンク藤本が入手した情報なんだけど 今日うちのクラスに転校生がくるらしいよ」
「確かな情報だ」
「へぇ、どんな娘なのかしらねぇ?」
綾子は一瞬転校生を気にする素振りをするが、やはり同性ということが原因なのか男子組ほどの反応は見られない。
桜にいたってはもはや興味がないらしく、陽一に延々と自分の左目がもつ力とやらについて説明していた。
「おっと もうそろそろ鐘が鳴る時間だな、僕はこれで失礼するとしよう」
「あら本当ね、私たちも席につきましょうか」
時計を見てみれば担任が来るまであと五分というところであり、各々自分の席へと戻っていく。
(転校生が来るまであと五分‥‥)
一人になった陽一は陽華の連絡先の事について考えながらも、目の前に迫っている青春の一大イベントに密かに胸を高鳴らせていた。
そして教室のドアが開かれる。
入ってきたのは陽一のクラス、二年三組の担任である栗山静香だ。
柔和な性格と二十代という若さから、生徒達からは『しずかちゃん』の愛称で親しまれている静香だが、今はその優しげな顔を真っ青にさせていて一目でとんでもなく緊張しているのが分かるような有り様だった。
一部の生徒達はそんな担任の様子に心配気な視線を送るが、事前に寄付金などの情報を得ていた陽一は「教師がそこまで気を使わなきゃいけない程の相手なのか」と別の意味でドキドキしていた。
「ええっとですね‥‥とても急なことなのですが、今日はこのクラスに転校生が来ます‥‥」
「おお!マジで!?」
「センセー、男子ですか?女子ですか?」
「どんなやつなんだろうな!!」
静香が震える声で伝えたその知らせに、事前情報のない生徒達は大いに盛り上がる。
収拾がつかないと判断した静香は説明するより自分達で確認した方が早いと、外で待機しているであろう転校生に入室を促す。
「は、入ってきてください‥‥」
それまで騒いでいた生徒達も一斉に静まり返り、教室内は静寂に包まれる。
しかしなぜかドアは一向に開かれない。
教室内の全員が内心で首を傾げていると、満を持して勢いよくドアが開かれる。
教室後方のドアが。
「「「えっ」」」
それは静香を含めた全員の呟きだった。
みんなが音のした方へ首を向ける。
そしていつかの陽一と同じようにそこから目が離せなくなった。
長く艶やかな黒髪を揺らしながらそこに立っているだけで溢れだす圧倒的な存在感。
黒いハイソックスに包まれた足は細くしなやかで、彼女のスタイルの良さを際立たせている。
美術品のように整ったその顔は今まで見てきたどんな芸能人にも引けを取らないほどだ。
全員が息をのむ。
その雰囲気に圧倒されて言葉が出ない。
教室中が見つめるその先には、喜色満面の笑みを浮かべた一式陽華がいた。
陽華は自分に突き刺さる周りの視線など全く気にしていないかのように、一直線に陽一の席へと向かってくる。
そして両手で陽一の手を握りしめながら嬉しそうに呟く。
「これからは同じ高校だよ!よろしくね、陽一‥‥!」
「え‥‥は‥‥?」
突然の事態にすぐには返事が出来ない陽一。
そもそもなぜここに陽華がいるのか、転校生とは陽華のことだったのか、なぜ後ろのドアから入ってきたのか、怪我はどうしたのか、制服が似合っている、スタイルがいい、手が柔らかい、笑顔が可愛い、など‥‥一度に考えることが多すぎて頭がパンクしそうになる。
「ふ、普通に前から入ってきてくださいぃ‥‥」
転校初日から我が道を行く陽華に振り回されっぱなしの静香の切実な願いは、その後に続いた男子生徒達の凄まじい雄叫びでかき消されるのだった。
ちょっと展開遅めでごめんよぉ……
頑張るから殴らないで……(泣)
最近気になったんですが野生のニワトリっているんですかね。
次回は月曜日です。




